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90年代V系バンドがいま活気づく背景とは? JUSTY-NASTY再結成から読み解くシーンの成熟

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 1989年にメジャーデビュー、1995年に解散したJUSTY-NASTYが今年2015年7月25日に渋谷チェルシーホテルにて、再結成ライブを行なうことが発表された。J-Rockの礎として、のちのヴィジュアル系シーンにも多大なる影響を及ぼしたバンドである。

 2008年5月にセルフカバー・アルバム『STILL』のリリースと、同年6月に一夜限りの復活ライブを行なっているが、今回は1987年の結成メンバー、“Original Justy-Nasty”である。KENICHI FUJISAKI(ROD)、HIROAKI KOIKE(LEZYNA)、HIKARU KISHINE(SHOWY)、HISANORI OHISHI(RALF)が集結。インディーズ時代の顔ぶれに古くからのファンはもちろん、当時をリアルに体験していないファンからも注目を浴びている。

JUSTY-NASTYとSTRAWBERRY FIELDS

 ギタリストのLEZYNAは1988年に脱退している。心地よいカッティングと多彩なサウンドを響かせる巧妙なギターが、布袋寅泰から「オレよりも布袋っぽいギターを弾く」と言わしめた辻剛、ニヒルながらも艶っぽいボーカルを聴かせるROD、どっしりとした存在感で支えるベースのSHOWY、ドラムのみならず作曲を手掛け、“腕良し、曲良し、顔良し”の三拍子揃ったRALF。4人から繰り出す硬派なビートロックで人気を博したのが、メジャーデビュー以降のJUSTY-NASTYだ。だが、インディーズ時代はLEZYNAのダーティーなギターが映えるグラムロックだった。AION〜MEIN KAMPFと、生粋のジャパメタバンドのボーカルを務めたRODのシャウトは、メジャー以降のスタイルとは全く異なる。メジャー後のバンドとはある意味で別バンドともいえるかもしれない。

 LEZYNAは活動歴含めて、STRAWBERRY FIELDSのギタリストというイメージのほうが強い。JUSTY-NASTY脱退後、元D’ERLENGERのボーカリスト・福井祥史(DIZZY)とともに結成したバンドである。Jean-Paul GAULTIERのレディースを身にまとい、漆黒の大きな羽を背負いながら、舞うように弾くギターは大きな存在感と影響力を与えた。

 D'ERLENGERやJUSTY-NASTYがニューウェーヴを基調としたビートロックに傾向していく中、STRAWBERRY FIELDSは独自の世界観を魅せる。このシーンではめずらしい滑舌のはっきりとしたボーカル、耳馴染みのよいメロディーながら、複雑なダンスビートを積極的に取り入れたり、壮大なスケールを見せながら細部まで行き届いたサウンドメイクは、同じニューウェーヴとはいえ、U2やベルリンに見られるようなワールドミュージックに近いアプローチでもある。

 D'ERLENGER、JUSTY-NASTY、STRAWBERRY FIELDSという三つ巴といえる3バンドの相互関係であるが、共に関西のバンドであり、44MAGNUM、AIONらを中心としたジャパメタシーンの系譜にあたる。ヴィジュアル系黎明期ともいえる当時のシーンを振り返ったとき、「東の〜、西の〜」という言い回しをよく目にする。レーベル名やバンド名などを入れた様々なパターンを目にするが、大阪梅田のバーボンハウスを中心としたこれらの関西ジャパメタシーンと、東京の目黒鹿鳴館、ライブステーションを中心とした、のちのエクスタシー・レコードに繋がるシーンが、相互関係含めて大きな二本柱ともいえるだろう。吉本興業所属芸人によるヴィジュアル系ロックバンド、jealkbは、edieeがファンであるSTRAWBERRY FIELDSの曲をhaderuに聴かせたことが、バンドを始めるきっかけになった。形は違えど、時代を超えて魂が受け継がれていることは興味深いところである。

 STRAWBERRY FIELDSは1993年に解散。その後、LEZYNAはセッションバンド等に参加することはあっても、特に表立った活動はしていない。今回のOriginal Justy-Nastyの復活はバンドと同時に、シーンに大きな影響を及ぼしたギタリストの復活でもあるのだ。

EX-ANSの復活

 対する“東”のシーンでは、インディーズバンドながら今も伝説として語り継がれるバンドが復活を遂げる。1991年に無期限の活動停止をしたEX-ANS(エクスアンス)である。1987年結成、初期には辻剛も在籍しており、耽美で幻想的な音楽とビジュアルで人気を博した。容姿端麗な美形ボーカリスト・麗(RAY)加入後、90年にエクスタシー・レコードからアルバム『Habit of Sex』リリース。YOSHIKIがピアノで参加したことでも話題になった。麗は活動停止後、DEEPを結成、鈴木晃二として活動している。hideと親交が深かったことでも知られており(DEEPはhide自身が社長を務めた個人事務所に所属)、氏の命日である5月2日、「Autumn 2015 EX-ANS」という意味深なツイートとともにバンドのオフィシャルのTwitterアカウントを開設。翌日には「EX-ANS are Vocal ▶ RAY (鈴木 晃二) Bass ▶ SEIJI Guitar ▶ Yukino Drums ▶ HARA」というメンバー名が。そして先日、24年ぶりとなるワンマンライブが今年2015年10月10日に高円寺Highで開催することが発表された。

生年月日にみる相関関係

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相関図

 LUNA SEA主催の〈LUNATIC FEST.〉が90年代回顧とも言われるように、“あの頃”のバンドが活気づいている。そこで、この界隈のメンバーを生年月日(学年度)順に並べてみた。バンドのデビュー年、活動歴比較などはよくあるが、交友関係はもちろん、バンド遍歴や個人活動が入り組むシーンだからこその面白みがあると思う。

・1960年 
1960.10.06 広瀬さとし(44MAGNUM)
1960.10.07 氷室京介(BOØWY)

・1961年 
1961.12.31 本田毅(PERSONZ)
1962.02.01 布袋寅泰(BOØWY、AUTO-MOD)

・1964年
1964.03.04 MORRIE(DEAD END)
1964.06.03 KIYOSHI(VIRUS、media youth)
1964.09.14 DYNAMITE TOMMY(COLOR)
1964.12.13 HIDE(X JAPAN)

・1965年 
1965.08.17 藤井麻輝(SOFT BALLET)
1965.10.21 今井寿(BUCK-TICK)
1965.11.01 馬場育三(VIRUS、Dragon Ash)
1965.11.20 YOSHIKI(X JAPAN)
1966.02.06 大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
1966.03.07 櫻井敦司(BUCK-TICK)

・1966年 
1966.04.10 福井祥史(D'ERLANGER、STRAWBERRY FIELDS)
1966.05.01 GEORGE(LADIES ROOM)
1966.07.12 沢田泰司(X)
1966.11.09 TATSU(GASTUNK、JACKS'N'JOKER)
1967.01.25 藤崎賢一(JUSTY-NASTY、CRAZE)
1967.02.04 kyo(D'ERLANGER、DIE IN CRIES)

・1967年 
1967.09.23 木村世治(ZEPPET STORE)
1968.01.05 瀧川一郎(D'ERLANGER、CRAZE)
1968.01.22 HEATH(media youth、X JAPAN)

・1968年 
1968.08.25 上田剛士(THE MAD CAPSULE MAKET'S)
1968.09.06 辻剛(JUSTY-NASTY)
1968.10.11 室姫深(THE MAD CAPSULE MAKET'S、DIE IN CRIES)
1968.10.11 K.A.Z(GEMMY ROCKETS、OBLIVION DUST)
1968.10.30 清春(黒夢、SADS)
1968.11.24 yukihiro(ZI:KILL、DIE IN CRIES、L’Arc-en-Ciel)
1969.01.29 hyde(L’Arc-en-Ciel)
1969.02.14 八田敦(DEEP)
1969.02.22 菊地哲(D'ERLANGER、CRAZE)

・1969年 
1969.04.03 NARASAKI(CORTAR OF THE DEEPERS)
1969.07.08 SUGIZO(LUNA SEA)
1969.10.12 板谷祐(ZI:KILL、CRAZE)

・1970年 
1970.09.19 西川貴教(Luis-Mary)
1970.08.12 J(LUNA SEA)
1970.12.25 石垣愛(THE MAD CAPSULE MAKET'S)

・1971年 
1971.06.19 DAITA(SIAM SHADE)
1971.06.28 桜井青(cali≠gari)
1972.02.02 HISASHI(GLAY)

 キャリアは元より、年齢による上下関係もあったりするのが、このシーンの面白いところ。同じバンド内でも年上であれば、会話は敬語という場合も珍しいことではない。学生時代からの先輩後輩、同級生、そして、大阪、横浜、横須賀といった同郷ならではの繋がりが深いのも大きく影響しているだろう。

 1968年生まれの層の厚さ、奇才とも呼べる面々にこの年を基準に考える人も多いのではないだろうか。シーンは若干異なるが、シャ乱Qのメンバーや、小沢健二、チバユウスケ、ヒダカトオル、山中さわお(the pillows)など広きに渡り、今のJ-Rockを支えているミュージシャンの多い生まれ年である。

 こうしたバンドの多くは、90年代後半からの“ヴィジュアル系”という、音楽よりも言葉が独り歩きしてしまった時代に違和感を覚えるかのごとく、逆立てた髪をおろし、メイクをやめた。サウンドはハードに、マニアックに、音楽性も広げていった。だが、どこか形骸化しつつあったシーンをあざ笑うがごとく、2001年にDIE IN CIRESの元メンバーを中心とした、デジタル+ヘヴィサウンドのBUGが始動、2005年に、特異の音楽探求を長年貫いてきたBUCK-TICKがゴシックの真髄ともいえるアルバム『十三階は月光』をリリース。そして、2007年にはD’ERLANGERが、妖艶で耽美な世界を当時よりも色濃く魅せる再結成を果たした。それからの多くのバンドの復活・再結成は説明不要だろう。原点回帰なのか進化なのか、解釈はそれぞれだが、あの頃とは違う形で魅了する。音楽の経験、人生の経験…、様々な要素を孕んだ、若い頃には表現することのできなかったものでもある。熟練した大人だからこそ醸し出される色気は、このシーンだからこそ、より映えるのではないだろうか。決して守りに入った、というものではない。奇抜な存在で音楽シーンに抗い、ヴィジュアル系の礎を築いた猛者たちは、今なお牙を剥いているのである。

■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

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