複雑な時代に人に寄り添うテクノロジー  ASUSデザインが示す「意味のあるシンプル」

デザインの哲学を聞きにASUS本社へ

 ASUSは長年にわたり、革新的なテクノロジーとデザインの両立を追求してきたブランドだ。だがその根底にあるのは、単にスタイリッシュな製品を作ることではない。

 ASUSのデザインチームが重視しているのは、「人を中心に考える」プロセスだ。ユーザーの行動や感覚を観察し、そこから得た洞察をもとにデザインを練り上げていく。この人間中心のアプローチこそが、ASUSが掲げる「Simple Made Meaningful(意味のあるシンプル)」を形づくっている。

 今年、筆者は台湾・台北で開催された「COMPUTEX 2025」のタイミングでASUS本社を訪ね、デザインチームに取材する機会を得た。製品開発の裏側で、彼らがどのように“意味のあるシンプル”を実現しているのか。インタビューを通じて、その哲学と実践の一端を聞くことができた。

※写真は取材に協力してくれたASUSデザインチーム。左からASUSデザインセンター アソシエイト・バイスプレジデントのH.W. Wei氏、Zenbook インダストリアルデザイナーのPonien Chen氏、ROG Ally インダストリアルデザイナーのLovelock Chia氏、ProArt インダストリアルデザイナーのMumu Fong氏、デザインプロジェクトマネージャーのYitien Hwang氏。

ASUSのデザインを貫く哲学「Simple Made Meaningful」とは何か

 ASUSデザインセンターは、「Simple Made Meaningful」という理念のもと、よくある「シンプル=装飾を削ぎ落とすこと」という発想とは異なるデザインを追求している。なぜその形なのか、なぜその素材なのかを突き詰めた結果として生まれる、自然で直感的なデザインこそが理想で、ただ無駄を削ぎ落とすのではなく、使う人にとって本当に意味のある要素だけを残すことを目的としている。

 ASUSは、デザイン思考(Design Thinking)の考え方に基づいて製品デザインのプロセスを構築している。そこでは「Desirability(人が望むもの)」「Feasibility(実現可能性)」「Viability(ビジネスとしての持続性)」の3つの要素をバランスよく満たすことを重視している。

 この中でもASUSが最初に考慮するのが「Desirability」だという。どんなに技術が進化しても、それを使う人が心地よく感じるものでなければ意味がないという考え方である。

 この理念を具体化するため、ASUSのデザインセンターには、工業デザイン、UX、人間工学、トレンドリサーチ、パッケージデザインなど、バックグラウンドの異なる多様な専門分野のメンバーがチームを形成し、製品開発に取り組んでいる。

 チーム内で共通するのは、「観察と共感」を重視する姿勢だ。机上のデータではなく、実際の生活現場を観察し、人々が何に不便を感じ、どんな瞬間に心地よさを覚えるのかを徹底的に理解する。こういった「共感」から始まるデザインが、ASUSの製品群を支えている。

3つのトライブに基づいたデザインアプローチで「人が望むもの」を可視化

 ASUSは「Simple Made Meaningful」を実現する重要なステップのひとつとして、ユーザーを価値観やライフスタイルの違いによって3つのトライブ(価値観のグループ)に分類し、それらを通じて「Desirability(人が望むもの)」を可視化した上で、設計思想へと落とし込んでいる。

 3つのトライブは、生活を中心とする「Live」、創造活動を支える「Create」、そして没入体験を求める「Game」。単なる利用シーンの違いではなく、「その人がどんな人生を送りたいか」という価値観に基づく視点で発想しているのが特徴だ。

 「Live」トライブを象徴するのが、今年発売した『Zenbook SORA』だ。ASUSのデザインチームは、日本の通勤者を徹底的にリサーチし、東京での観察やヒアリングを重ねる中で、「携帯性」「溶け込みやすさ」「使いやすさ」という3つのテーマを導き出した。

 個別の開発の過程やデザイン哲学の詳細は別記事(※1)で紹介しているためここでは省くが、要点を挙げるなら、「見た目の軽さ」ではなく「使う人の心の負担を軽くする」デザインを目指した点にある。『Zenbook SORA』は、ASUSが日本市場を深く理解しようとする姿勢を象徴する製品と言えるだろう。

(※1 詳しくは「日本の通勤シーンから生まれたノートPC 『Zenbook SORA』に見る、ASUSの生活者目線の開発哲学」参照)

 次に「Create」トライブを代表するのが、クリエイター向けの「ProArt」シリーズ。このシリーズは、プロフェッショナルな映像・音楽制作に携わる人だけでなく、VloggerやYouTuberなどの個人クリエイターまでをターゲットにしている。

 ProArtのデザイン哲学は「Functional Aesthetics(機能的な美学)」。見た目を飾るのではなく、現場での使いやすさそのものを美しさとして捉えている。たとえば、油や水滴に強く、汚れがつきにくい「ProArt Nano Black」コーティングは、頻繁に持ち運ぶクリエイターの実情を踏まえて開発したものだ。

 さらに、ハードウェアだけにとどまらず、AIツール「MuseTree」や「StoryCube」といったソフトウェア群と連携し、アイデアの発想から作品の完成までをシームレスにつなげるエコシステムも構築している。

右にあるのが『ROG Ally X』のデザインの試作モデル
右にあるのが『ROG Ally X』のデザインの試作モデル

 そして「Game」トライブの代表格が、ポータブルゲーミングデバイス「ROG Ally」シリーズだ。初代モデルの発売後に寄せられた膨大なユーザーフィードバックをもとに、持ちやすさや操作感を中心に改良した『ROG Ally X』が昨年7月に登場した。

 ラウンド形状のグリップはより自然に手になじむようになり、滑りにくいデュアルテクスチャを取り入れた。マクロキーの位置も再設計し、誤操作を大幅に抑制。ジョイスティックやD-padの形状も微調整したことで、ゲーム中の操作の安定性が向上している。

 「派手なスペック競争ではなく、体験の質を磨く」という姿勢こそ、ASUSが掲げる人間中心設計の実例といえる。

『ROG Xbox Ally』
『ROG Ally X』の次世代モデル『ROG Xbox Ally』

 さらに、後継となる『ROG Xbox Ally』『ROG Xbox Ally X』では、Xboxコントローラーの設計思想を取り入れ、よりコンソールライクな操作性を追求しているのが特徴のひとつ。

 『ROG Ally X』でこだわった持ちやすさと操作感をさらに突き詰め、コンソール機の感覚をモバイルに再構築する方向へ進化したのも、ASUSらしい必然の流れだ。

複雑な時代にこそ輝く、ASUSの「意味のあるシンプル」という思想

ASUS本社
台北にあるASUS本社

 ASUSが掲げる「Simple Made Meaningful」は、単なるスローガンではなく、企業文化として深く根づいた思想だ。

 Zenbook、ProArt、ROG——それぞれ異なる方向性を持つ製品に共通しているのは、すべて「人を理解することから始まるデザイン」という点である。外観の美しさやスペックの優位性だけを追求するのではなく、使う人が日常でどう感じ、どう行動するかにまで思いを巡らせることで、初めて製品に意味が宿るとASUSは考える。

 テクノロジーが複雑さを増す時代において、ASUSが掲げる「シンプル」とは、人が自然に理解し、直感的に扱える体験を設計することで、日常や創造、遊びの中に見えない価値を生み出すことを意味している。この考え方こそが、「Simple Made Meaningful」が意味する本質だ。

 そして、この哲学はASUSのものづくり全体に息づいている。プロダクトごとに異なるユーザー層や使用シーンに応じた表現は異なっても、核にあるのは常に「人にとって自然で、心地よく使えること」を追求する姿勢だ。見た目の美しさや先進的な技術の裏側で、ユーザーの体験を第一に考えることこそが、ASUSの製品のデザインの強さであり、世界中のユーザーから信頼を受ける理由でもある。

 複雑な時代にあっても、ASUSは「意味のあるシンプル」を探し続ける。機能や仕様を競うだけの製品ではなく、使う人の生活や創造の体験を豊かにするものを作るという思想は、これからも同社のデザインの中心にあり続けるだろう。

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