東京オペラシティ・ガレリアでの新たな取り組み 都市で働く現代人の「余白」とは? 建築家・水谷元による考察

時代も変わる中、都市で暮らす現代人の余白はどう変わるか。かつて、人はたばこを吸いながら考え、待ち、語りあった。それはある種の儀式でもあり、都市、とくにオフィスで働く20歳以上の喫煙者にとって一種の「間」でもあった。そして時代やライフスタイルが変化するなかで今、煙は姿を消しつつある。だがふと、私たちは気づく。煙は消えても「間」をもたらしてくれた空間は生き続けている。建築家・水谷元とともに見る、いま必要な「都市の余白」とは?
新旧の多彩な芸術文化を内包する施設として設計・建築された東京オペラシティのガレリア。当地にテナント向けに新設された加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室は、フィリップ モリスが掲げる「煙のない社会」の実現に向けて、”余白”の価値を可視化してくれる。
フィリップ モリスは、企業ビジョンとして「煙のない社会」の実現を目指しており、紙巻たばこ事業から段階的に撤退をし、加熱式たばこを始めとする煙の出ない製品を開発・販売をしている。彼らの掲げる「煙のない社会」とは、紙巻たばこから煙の出ない代替製品への移行はもちろん、社会と空間の新たな関係性の提案でもある。においや灰、そして建物火災など紙巻たばこの負の部分をできるだけなくし、これまでの喫煙文化が内包していた「思索の時間」や「静かな対話」を生み出す。東京オペラシティのガレリアに見る、都市の余白の価値やその在り方をここに紐解いていく。
個性あふれる「建築アート」でもある東京オペラシティの魅力
東京・西新宿にある東京オペラシティは、新国立劇場に隣接する地上54階地下4階建、234mの超高層ビルを中核にした複合文化施設。1980年代から新国立劇場と一体化した街並みづくりとして構想・開発がスタートし、NTTファリシティーズ・都市計画設計研究所、柳澤孝彦+TAK建築・都市計画研究所の共同設計で1999年に全体竣工した。
オフィス環境と音楽&アート体験環境の近接を目的に、ビジネスゾーン、芸術文化ゾーン、アメニティ・商業ゾーンの3つの領域を連関させた都市空間を創出。ビジネスゾーンでは芸術文化活動に深く理解を持つ企業を招聘し、芸術文化ゾーンにはコンサートホール、リサイタルホール、アートミュージアムなどを配置している。
さらに、アメニティ・商業ゾーンでは、新国立劇場との繋がりを生み出す高さ24m、長さ200m、半外部空間であるガレリアをはじめ、古代ギリシアの円形劇場風の広場・サンクガーデンなどのパブリックスペースと有機的に連携した飲食サービス空間を形成。近隣居住者を含め、あらゆる来訪者に向けて、単に消費するだけではなく、心の糧となる文化に触れる場の創出を目指している。都市におけるパブリックスペースのあり方をも提案し続けているというわけだ。
「東京オペラシティを訪れてまず思ったのは、地域のランドマーク的な存在であることですね。さらに、観劇をはじめ、身近にアートに触れられる文化的な街の拠点として機能しているのではないかと感じました。京王線・初台駅直結や首都高速出口からのアクセスの良さなど、利便性も高いですしね」と話すのは建築家の水谷元氏。
日本の都市建築の第一人者として知られる建築家・水谷頴介を父に持ち、福岡・能古島を拠点に全国各地で、そこに息づく風景、かさなる風景を目指して、まち、地域、自然、人や家族、その繋がりと広がりを育み体現する空間デザインを展開している今、注目の建築家のひとりだ。
「ガレリアの特徴的なデザインであるアーチ形の天井は柳澤孝彦さん設計によるものですが、街の大きな拠点になるようにという想いが込められているような気がします。竣工から約30年の間でひとつのシンボルになるものを創ったという印象でしょうか。タワービルである東京オペラシティと隣接する新国立劇場をどう繋ぐか、どのように近隣居住者や来訪者に開放するか、という答えがこのガレリアという空間だと感じました。昨今は、お金を払わないと休憩できない場所が増えているなか、大型の複合施設でガレリアのような公共空間が確保できていることは素晴らしいに尽きますね」
煙がなくとも人が集い、思い思いに過ごせる「都市の余白」とは?
このガレリアという開放的なパブリック空間のなかにフィリップ モリスが手がけた加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室が内包されている。もちろん禁煙が最善ではあるが、アートが点在するガレリアに隣接し、テナント向けに設置された加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室の役割とはどこにあるのだろうか?
「ガレリアは広く近隣にも開放された空間ですが、そこに面してより自然な形で加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室が設置されているという印象ですね。しかも、紙巻たばこを吸う人、加熱式たばこを使う人、さらにたばこを吸わない人、それぞれの立場をしっかりと尊重した形で。そもそも、たばこを吸う、吸わないにかかわらず、このガレリアには具体的な用途はないわけです。もちろん、何かの収益になる場ではありませんが、そういった自由度の高いパブリックスペースを維持していることに東京オペラシティの運営サイドの優しさを感じますね」
加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室は、たばこを吸わない人、紙巻たばこを吸う人、加熱式たばこを使用する人、すべての需要を「におい」など公衆衛生の観点から満たす可能性がある。それでいて、加熱式たばこ専用エリアでは煙がなくとも人は集い、立ち止まり、ただ在ることができる。建築とは形のなかに余白をつくることでもあるが、その余白がここには体現されている。
実際に昼刻のガレリアを訪れてみると、ベンチに座ってお弁当を食べている人もいれば、読書をしたり、思いにふけっている人など、それぞれ自由に思い思い自分の時間を過ごしている。そして、ガレリアに内包された加熱式たばこ専用エリアのなかでは、煙のない空間で誰とも目を合わさず思索に案じている人、同僚との静かな対話を愉しむ人など自由に自分の時間を過ごしている。
この光景はまさにジョルジュ・スーラの絵画『グランド・ジャット島の日曜日の午後』そのものだ。日本が誇る名建築家・槇文彦はかつて、スーラのこの名画を参考にしてパブリックスペースの可能性を語った。思索する余白としての建築空間である。
「スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』はみんな同じ空間にいながらも、誰ひとりとして目を合わせていないという絵ですね。私も槇さんの考え方に影響を受けていて、それぞれ思い思いに好きなことをしているけど、みんなそこの場所にいていい、という都市における公共空間のあり方を表現したものだと考えています」
この具体的な目的のない場所、時間こそが、”余白”という日々のライフスタイルのなかで大切な要素だと水谷氏は説く。
「人は仕事をしたり、家事をしたりと、明確な目的がある時間もありますが、1日のなかではそうではない時間もあるわけです。何にもしていない時間、あるいは何をしてもいい時間。それが余白というゆとりであり、本来の自分と向き合う時間でもあります。人生の余白という時間に対応してくれる寛容な空間というのが、まさにこのガレリアでしょうか。都市生活を送る人にとって非常にありがたい空間であると言えます」
自由のために設計された新しい「思索」&「対話」の空間
クリエイティブワークの観点で言えば、リラックスをしているときほど、いいアイデアが浮かんでクリエイティブが発揮されることも多々ある。
「もちろん、禁煙することがベストではありますが、私は原稿を書く仕事もします。PC画面と睨めっこをしていても原稿が進まないときはあえて、画面から離れるようにしています。別のことをしているときに、ふとアイデアが浮かんで、これでうまくいきそうなだ、ということも少なくないですね」
本来の作業ではない時間に生まれたアイデアの方が価値が高かったりするのもよくある話。そういう余白の時間がとれることも生活の豊かさとも言える。
「このガレリアという空間はただの広い通路だけではなく、光の入り方も含めて、屋内なのに屋外のようなランドスケープとして設計されていて、そこに身を置いて心地よい空間としてデザインされているのが素晴らしいと思います。劇場隣接で観劇のプロムナードとしての高揚感もありますしね」
まさに都市の余白というわけだが、水谷氏も仕事では建築的なアプローチで余白を創出することを重視しているという。
「例えば住宅設計の際に常に心がけているのが、具体的な部屋名をつけないこと。ここは寝室と決めてしまうと、寝る場所に限定されてしまう可能性が高くなりますよね。ダイニングルームだって、食事をする場所だけではありません。部屋の使い方は用途に縛られる必要はないと考えています。ダイニングルームでリモートワークをしてもよいわけですから」
部屋の使い方自体に余白を残すという手法でもあるが、自身と都市や建築との向き合い方の間にも水谷さんなりの余白を設けている。
「私は福岡の能古島という島を拠点に活動していますが、実は福岡の市街地からフェリーで10分でいつでも街に行ける距離。しかも、対岸に福岡の街並みが見えるのです。ほどよく適度な距離を置いた視点から生まれる客観性を重視しているといったところでしょうか」
余白の解釈、とらえかたも人それぞれ自由であっていいはずだが、加熱式たばこ専用エリアの在り方は機能のためのみではなく、自由のために設計されたものとも言える。煙があった時代の記憶は壁には残らない。だが、そこにいる人々の「感情の層」は今も空間に染みこんでいる。煙のない空間でこそ、加熱式たばこ専用エリアは静かに語りかけてくる。そう、「ここにいてもいいのだ」と。
アートの集合地点である東京オペラシティに設けられた加熱式たばこ・紙巻たばこ専用併設型喫煙室はその象徴と言える。それは都市に浮かぶひとつの「余白」であり、静寂と想像の”インターミッション”。煙をなくすことは終わりではなく、物語のはじまりでもあり、都会の余白ともいくべきこの場所から新たな”間”が創出されていくのだ。
煙のない社会には空間がある。そして、これまでの喫煙文化が内包していた「思索の時間」や「静かな対話」が育まれるこの新しい空間こそが、人をより自由な世界へといざなってくれるはずだ。
Profile
水谷元 <みずたに・はじめ>1981年兵庫県生まれ、福岡県能古島育ち。建築家。実父は日本における都市建築の第一人者としても知られる水谷頴介氏。九州産業大学にて森岡侑士に師事し、2004年中退。2011年からatelierHUGE主宰、2020年より水谷元建築都市設計室主宰。著書に『現在知 Vol.1 郊外その危機と再生』(共著:NHK出版)、『地方で建築を仕事にする』(共著:学芸出版)ほか。

































