『幻想水滸伝』コンサートにみた“ゲーム音楽”の神髄 国産RPG屈指の名作をめぐる5時間弱

「Symphonic Poem from 幻想水滸伝 Remaster」レポート

 Metroberryは5月5日、東京都墨田区・すみだトリフォニーホールにてオーケストラコンサート「Symphonic Poem from 幻想水滸伝 Remaster」が開催された。本公演は全3部に分かれており、1部と3部は今年3月に発売された『幻想水滸伝 I&II HDリマスター 門の紋章戦争 / デュナン統一戦争』に寄せられ、第2部は目下開発中のモバイルゲーム『幻想水滸伝 STAR LEAP』に関連する楽曲が披露。J-RPG屈指の人気シリーズが、その歴史の長さと強さを示した。

 アンコールまであわせると、5時間弱の特大ボリューム。MC一切なしで行われたコンサートのバックスクリーンには、それぞれのゲームのプレイ画面がダイジェスト形式で映し出されていた。『幻想水滸伝 STAR LEAP』に至っては本公演が初公開の映像もあったという。言葉の代わりに音楽とゲームが雄弁に物語っており、今回参加したオーディエンスはそれを具体的に体感できたはずだ。

 まずは1部の模様から伝えたい。『幻想水滸伝I』のオープニング映像から始まり、この時点で108星たちの物語は3部にわたって続くことが分かった。それぞれの部は組曲として構成されており、はっきりと起承転結を認識できるストーリー性があった。

 「第1曲:プロローグ」では文字通り序盤の舞台であるグレッグミンスターでのあれこれや盲目の魔術師・レックナートの意味深な言葉が映し出される。それにあわせ、ステージ上ではオーケストラが珠玉の旋律を紡いだ。

 ここでひとつ強調しておきたいのは、PAが素晴らしい仕事をしていたこと。楽器ひとつひとつの音をきめ細かく際立たせ、名曲をディテールまで堪能できた。『幻想水滸伝』シリーズは中国の四大奇書のひとつ『水滸伝』をモチーフにしているが、音楽の幅は実に広い。ゲームの世界観もオリエンタルと西洋を折衷しているが、それに呼応するような豊かさだ。ストリングスとホーンセクションが豪華絢爛な「王宮の調べ」、そのあとに披露された「美しき黄金の都」では主旋律を支える民族的なパーカッションが印象的に響く。この曲では客席にクラップを求め、会場が一体となって世界観を作っていた。

 第1曲:プロローグは「感動のテーマ」によって締めくくられたが、この時までにサウンドの豊かさは十二分に伝わっていた。

 『第2曲:オデッサ』では我々の耳に馴染みに馴染んだフィールドミュージック「大草原の小さなキャラ」からスタート。腕利きの奏者とPAが織りなす旋律は、何気ない風景を鮮やかに彩る。「ロックロックランド」は文字通りレナンカンプ・ロックランドの街で流れるBGMだが、この曲もまた風景を鮮明にする。シタールっぽい音色(客席からは具体的な楽器を視認できず)が情緒を醸成し、オデッサ率いる解放軍の拠点の土臭さが立ち現れるようだった。

 『幻想水滸伝』シリーズの魅力のひとつは、やはり重厚なストーリーである。シンパシーを感じた人物がバタバタと倒れてゆく描写は一切の容赦を感じないが、それでもその群像劇には美しさを感じざるを得ない。

 オデッサの最期は「悲しみのテーマ~アンサンブル編」と共にスクリーンへ映し出されたが、本公演の編成によりその悲惨さは更に奥深いものになっていた。画面で起きていることとオーケストラの演奏が寸分違わず一致しており、その緻密さにも改めて感嘆してしまう。

 そしてもちろん、その容赦のなさは以降も続く。『第3曲:グレミオ』ではタイトルが示す通り、このセクションでは主人公の保護者役に焦点が当てられた。原作をプレイ済みのファンはこのあと彼にどのような未来が訪れるのか知っている。けれどもそれを受け入れられるかは別の話で、やはり辛いものは辛いのである。

 嫌われ役をその一身に引き受けるミルイヒ・オッペンハイマーがスクリーンに現れたときに心がささくれ立つ感覚があったが、「悲しみのテーマ~ギター編」が演奏された場面では初プレイの記憶がよみがえってきた。

 余談だが、筆者が本作を初めて手に取ったのは小学生のとき。いまのようにメタ的にストーリーを読むことなどできなかったから、グレミオとの別れをそのまま受け取ってしまい、悲しみのあまり一時はゲームから離れた。それほど悲痛だったわけだが、当時の心象が思い起こされ、オッペンハイマーへの憎しみを新たにした。

 『幻想水滸伝』の音楽面の素晴らしさを語る上で欠かせない要素のひとつが、SEの立体感だと考えている。たとえば雨の降るグレッグミンスターなどが具体的だ。水滴が地面に叩きつけられ、枝葉を揺らし、雷が轟く様子が緻密な効果音で表現されている。

 本公演でもその点を意識したのか、風の音などが随所に差し込まれていた。主人公と敵キャラクターによる一騎打ちのシーンでは「一触即発」が演奏されたが、この曲にもオリジナルの段階で風音が録音されている。『第4曲:テオ・マクドール』において、主人公とその父による運命の決戦でも同楽曲が披露されたが、気を急くようなパーカッションが骨肉の争いに緊迫感をもたらした。

 親子対決は父の敗北によって幕を閉じ、このあといくつかの曲を挟んで演奏されるフィールドBGM「蒼い海、青い空」は、すべての悲しみを背負いながら大団円に向けて走り出す趣があった。

 『終曲:テッドとぼっちゃん』では、ここまでの楽曲「緊迫のテーマ」や「悲しみのテーマ」のアレンジに触れながら、「幻想の世界へ」でもう一度メインテーマの旋律に戻って来る。グレミオとも再会を果たし、いよいよ舞台は最終決戦へ――。

 『幻想水滸伝Ⅰ』の、いわゆる“ラスボス”はバルバロッサだが、その背景は実に気の毒というか、必ずしも悪人ではないというか(悪人なのだが)、とにかく彼との戦いはバトルの達成感とは別に虚無感が押し寄せてくる。第1部は「Avertuneiro Antes Lance Mao~戦いは終わった~」でフィナーレを迎えたが、その明るい曲調がまた、アンビバレンスな読後感を生んでいた。

 同楽曲は戦いを終えたあとの讃美歌のようにも、屠られた強敵たちへのレクイエムのようにも聴こえる。その多面性は『幻想水滸伝』シリーズの真骨頂だと改めて感じられ、第1部終了後の会場には充足と悲しみが入り乱れた余韻が渦巻いていた。

 第2部は開発中の『幻想水滸伝 STAR LEAP』の楽曲と、シリーズ屈指の名曲「月夜のテーマ」のピアノソロが披露された。後者の作曲者である東野美紀みずから旋律を紡ぎ、スクリーンではイベント「牢の中で」などの名シーンが映し出されていた。なんとも贅沢な体験である。

 まずは『幻想水滸伝 STAR LEAP』から。個人的に、数あるモバイルゲームのなかで最もリリースを楽しみにしている作品のひとつである。多くのキャラクターの登場が見込まれる基本設定はガチャシステムに落とし込みやすそうであり、クラシックなJ-RPGがモバイルでも十分にクオリティを発揮できることは『アナザーエデン 時空を超える猫』(WFS社が開発)などによって証明済みだ。

 5つの楽章に分かれて演奏される同パートは、「カンパニュラ オーケストラアレンジVer.」で幕を開ける。同楽曲は、映画『竜とそばかすの姫』で劇中歌および主人公の声優を担当したことでも知られるミュージシャン・中村佳穂が手掛けている。

 『幻想水滸伝』と彼女の作家性を両方知るファンにとって、夢のようなコラボレーションだ。独特なグルーヴ感と圧倒的なメロディセンスで名をはせる彼女は、今日までにさまざまな音楽ジャンルを通過してきた。ポップスにソウル、ファンクのほか、tofubeatsらと組んでエレクトロニック・ミュージックまで踏破している。

 先述したように『幻想水滸伝』もシリーズを通してさまざまな世界観を多様なサウンドで彩ってきた。戦うフィールドや音楽の目的は違うかもしれないが、両者の邂逅には必然性すら感じてしまう。彼女を本作に結び付けたキーマンには拍手喝采だ。本公演ではヴォーカルなしのオーケストラ仕様だったが、原曲がより楽しみになった。

 ほかのセクションでは血沸き肉躍るフィールドミュージックやバトルミュージックも初お目見えしたが、特に強調したいのは第3楽章の「三華繚乱!乱凛天」だ。同楽曲は『幻想水滸伝II』でも登場した3姉妹、ランラン、リンリン、テンテンにあてがわれたものだ。来たる新シリーズではメインストーリーにも登場するようで、タイトル通り華々しいサウンドが贈られている。

 これがとにかく素晴らしかった。『幻想水滸伝II』ではモブに近かった存在だが、新作では一体どのようなキャラクターになるのか…。想像を捗らせる1曲である。エレキギターがかき鳴らされ、ベーシストのスラップがグルーヴを引っ張り、アップテンポなビートが大いに観客を引き込んだ。それでいてどこか中華風なメロディ。まさしく“幻想水滸伝的な”1曲と言って差し支えないはずだ。

 主観をできるだけ削ぎ落としても、本楽曲は突出したクオリティだったように感じられる。スクリーンではリンリンが敵に奥義をお見舞いしており、「STAR LEAP」についてほぼ何も分かっていない状況ではあるが、現時点で3姉妹に大きく気持ちが傾いている。それほどのインパクトを持った楽曲だった。

 そして御大・東野美紀が壇上へ姿を見せる。コンポーザーとして大学在学中から名声を得ていた女史は、1音にさまざまな情緒を乗せることができる。ピアノは鍵盤を下げれば音が鳴るため、「演奏する」ことの難易度が著しく低い楽器だが、そのぶん奥深さもある。

 『幻想水滸伝II』は「I」に引き続き容赦がなく、やはり去り行く仲間たちに心を引き裂かれ(ベストエンディングを目指す場合は“比較的”軽傷で済む)、プレイヤーの心象風景はもはやローラーコースターだ。

 『幻想水滸伝II』のストーリーは、雑にまとめると主人公とジョウイ、ナナミをめぐる冒険だが、“愛憎渦巻く”という表現が生ぬるく感じられるほどに深淵が広がっている。例のイベント「牢の中で」では、ジョウイが主人公らに向けて胸の内を打ち明ける。そのときに流れるのが「月夜のテーマ」だ。

 東野の繊細なピアノにあわせ、スクリーンでは該当シーンが映し出される。ゲームをクリア済みのユーザーは、すべてを知った状態で「ほんのわずかな力だとしても、ぼくはたたかう」と決意を語るジョウイを目撃する。限りなく美しいシーンなのだが、このときのオーディエンスの心には“悲しい”とか”腹立たしい”とか、ひと言で言い切ることが難しい感情が去来していたことだろう。

 御大のピアノは、そういった複雑な心境に寄り添ってくれる。このあとに続く第3部の一大スペクタクルに向け、我々の背中を優しく押した。

第7章「ミューズへ」 ~月夜のテーマ (イベント「牢の中で」より)

 公演はいよいよ最終章。連作交響詩『デュナン統一戦争』が第1部と同じく組曲形式で紡がれた。覚悟を決めて席に着いたが、「オープニングBGM」で再びルカ・ブライトの狂気的な表情を見せられると、やはり身構えてしまう。

 第3部では主人公とジョウイの関係性にフォーカスされ、2人の激化してゆく対立構造が2本のバイオリンで表現された。折に触れて流麗かつ激情的な旋律が、我々の緊張感を高めていた。大役を務めたコンサートマスターの對馬哲男、2ndバイオリンの酒井幸は見事に実力を発揮してみせた。

 運営元のアーツイノベーター・ジャパンによると、今回演奏を担当したグランドフィルハーモニック東京は「若手音楽家の雇用創出、文化芸術活動機会の提供を目標に掲げた」Tokyo Impressive Orchestraが前身だという。ゲーム音楽が前途有望なタレントの選択肢のひとつになっていれば、それは素晴らしい文化だと感じる。

 第1部で凄惨なシーンもしっかり描かれていたが、第3部はそれに輪をかけて悲劇のオンパレードである。そもそも『幻想水滸伝II』は序盤から“狂皇子”ルカがバイオレンスの限りを尽くすので、息をつく暇もない。ルカによるリューベの村への襲撃、さらにはポールの殺害、そしてジョウイによるアナベルの暗殺…。『第2曲:過ぎた日々』が終わるまでトラウマシーンの連続で、心がたくましくない時に全部喰らうと致命傷になりかねない。

 J-RPG屈指のヴィランのテーマソングとでも言うべき「邪悪なる者」が厳かな雰囲気をもたらし、ここでも良い仕事をする楽団によって恐怖は倍増。暴君の迫力はとめどなかった。

 『第3曲:ジョウイ』では、いよいよ主人公とジョウイの対立は明確なものになり、『第4曲:天魁星』では悪逆非道の王との戦いが決着する。

 ルカとの最終決戦を改めて本公演で体感して、ゲーム音楽の何たるかを再度認識できたような気がする。筆者が『幻想水滸伝II』を初めてプレイしたのはPSP版だったが、とにかくルカが強かった。作中最高難易度は何だったかと振り返ると、この強敵との戦いだったように感じる。

 このとき流れる楽曲「追いつめる」が、自分の心音を早くした。パーカッションとホーンセクションが手汗を誘発してる気さえするほど、緊張感を煽る。理不尽な強さを誇るルカとの連戦も、雑兵との乱戦も、最後の一騎打ちも本当に難しかった。

 しかしその難易度こそ、そしてそれを演出する音楽こそ、至高の体験である。この日はそれをはっきり思い出した。

 その後もしんどい展開が続き、『第5曲:黒き刃の紋章』では会場から鼻をすする音がそこかしこから聞こえ始めた。自分の感覚もそれに近づいたから、そう感じたのかもしれない。

 誰もが目を背けた(n回目)ゴルドー戦。もはや作品の良心と言って差し支えない、ナナミの死。このときのバトルBGM「怒りの鉄拳」とはそのものズバリなタイトルだが、彼女が襲撃された直後のプレイヤーの心象としてこれ以上適切なものはないだろう。ジョウイと共闘できることに喜びを感じる余裕などなく、ひたすら尊大なゴルドーを殴り続けた。

 悪徳な騎士団団長のキャラクターに反して、同楽曲はとにかくカッコイイ。同音連打の有効性はクラシックの世界でも顕著だが、この曲もまた同様の迫力がある。以降の『第6曲:輝く盾の紋章』と終曲『始まりの紋章』にて、本公演もついに最終局面を迎える。

第17章「マチルダ騎士団攻略」 ~怒りの鉄拳 (バトルBGM-ゴルドー戦)

 ラスボス戦のBGM「銀狼」はまさしくその重要性を示すように、これまでのバトルで聴いてきたサウンドの集合体のような印象を受ける。緩急のあるブラスとストリングス、リズミカルなパーカッション。実際、「勝利への意欲」と「邪悪なる者」の旋律が顔をのぞかせ、プレイヤーがはっとする瞬間が散りばめられている。

 「La passione commuove la storia ~情熱は歴史を動かす~」で『第6曲:輝く盾の紋章』は幕を閉じるが、まだジョウイとの決着はついていない。

 終曲『始まりの紋章』の最初、2人のバイオリニストによって「回想」が演奏される。構想・セットリストの妙は随所に感じられたが、ここもハイライトのひとつだと思う。シリーズにとって最重要と言ってよい楽曲のフレーズをこのタイミングで持ってくるのは、メッセージ性が高い。

 「Chant~あなたと出会い生をうけ、あなたを失い死を知った~」で主人公はジョウイと対峙するが、このときの会場には涙腺が決壊した人であふれ返っていた。防御一辺倒の主人公を見て、本公演がどのような最後を見せたいのか理解した。

 複数の結末が用意されている本作の“ベストエンディング”。コンサート側がすべて描き切っていたのでネタバレに配慮することなく書いてしまうが、ジョウイの解放とナナミの生存という、プレイヤーの悲願ともいえる終局が存在する。

 求めていたものが差し出され、スクリーンにエンドクレジットが流れた。ゲームの開発側はどういった結末を用意するか頭を悩ませたという話も聞くが、“ベストエンディング”たる所以は十分に理解できよう。

第16章「ティントの山賊」 ~Gothic Neclord (バトルBGM-ネクロード戦)

 舞台はアンコールへ。万雷の拍手のなか、「Gothic Neclord」と「Orizzonte」が披露された。ネクロードはシリーズ屈指の“輩”だが、皮肉にも彼とのバトルBGMは作中でも極めて人気が高い。イントロからカッコイイ、むしろカッコよくない部分がない同楽曲は、本公演ではロック仕様で演奏された。

 エレキギターもギュインギュイン鳴っており、個人的な体感ではこの日最大の音圧。PA席から「やってやりましょうよ!」という声が聞こえてきそうなほど、勢いがあった。

 メインテーマとメロディが同じ「Orizzonte」は、やはりフィナーレを飾るのにふさわしい。再びステージに登場した東野美紀が弾くこの旋律は、比類なき説得力をもって物語に終止符を打った。

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