バーチャル美少女ねむ × 崎村夏彦が語る、メタバース上での「分人とアイデンティティ」が実現する未来

バーチャル美少女ねむ×崎村夏彦対談

「分人経済革命」はなぜ必要なのか?

ねむ:これからのAI時代には、人間はよりクリエイティブな活動に専念するようになると思います。個人情報を守りながら経済活動ができる仕組みが整備されることで、より自由で多様な生き方が可能になるはずです。そしてアバター技術の進化とともに、私がいま「バーチャル美少女ねむ」として実践しているように、自分の中のクリエイティブな人格を取り出しやすくなります。これまでの個人経済から「分人経済」への移行が進むことで、クリエイターエコノミーがさらに広がるのではないでしょうか。ただ本当の意味で生きていく世界にするためには、取引の仕組みが必要ですが、これが難しいところですね。

 私が抱えている問題の1つが、取引相手にマイナンバーと付随する個人情報を含む証明書を送る必要があるということです。企業によっては当局にマイナンバー収集を義務付けられているところも多いですが、個人情報漏洩のリスクが高く、非常に大きな管理・事務コストがかかっています。これからメタバースの世界で生活する人が増えると、私と同じような悩みを抱える人が増えると思うんです。

 そこで私が考えたのが、ワンタイム番号による取引システムです。取引を行う際、国税庁に「取引をします」と伝えると一時的な番号(ワンタイム番号)をオンラインで発行してくれて、直接マイナンバーを渡す代わりにその番号を取引先に渡せば、個人情報を守りながら取引を行うことができる、というシステムです。これなら取引相手には直接個人情報を渡さないので情報漏洩リスクもないですし、管理の手間も省けます。一方で国としてもワンタイム番号で全ての取引を個人に紐づけて自動で追跡できて便利だと思うのですが、崎村先生はどう思いますか?

崎村:実は技術的にはそれは既に可能です。しかし、私も過去にも同じような案を出したのですが、実現にはいたらなかったですね。ネックとなるのは、既存の日本の法律や社会制度が全て「実名ベース」で構築されているため、そういった仕組みを導入するには広範な法改正が必要で莫大なコストがかかってしまうということなんです。また、法的に実名でない識別番号(ID)を導入できたとしても、実際に運用するには多くの人々と企業がそれを理解してもらうことも必要で社会的な認知というハードルもあります。

 やはりまだ一般の人にはインターネットの半匿名のアイデンティティ(特定の人のみ〜上記の例だと国税〜が対象が本当は誰なのかを明らかにできるアイデンティティ)と言ってもイメージするのが難しいんですよ。でも、ねむさんのようなアバターで活動する方が登場して活躍し始め、それがイメージしやすい形の突破口になるかもしれません。

 ちなみに、識別番号は、ねむさんの言うように取引ごとにワンタイムで変えるのがセキュリティ的にはベストですが、そこまでやらなくても、例えば取引先ごとに異なる番号を使うようにするだけでも、取引先が結託しても個人を突き止めることは難しくなります。

ねむ:なるほど。確かに取引先ごとの番号でも実用上は十分そうですね。

崎村:あるいはもっとシンプルにして、「バーチャル美少女ねむ」といった分人ごとに「分人マイナンバー」のような固定の識別番号を割り当てるという方法もありますね。なにかあった場合はIDを再発行できるようにすればこの場合もリスクはそこまで高くないと思います。

 また、取引で使う識別番号が匿名化されたとしても、現状では銀行口座は実名での開設が義務付けられているため、個人だと報酬の振り込みの際に結局本名が知られてしまうという問題があります。

ねむ:となると、バーチャル美少女ねむに分人マイナンバーを発行して、それで銀行口座を開設できるように法整備されれば1番楽で早いですね。

 これまでの話をまとめると、そのための課題は2つということですね。1つは法律が個人を前提としているため影響範囲が大きいというところ。もう1つは、政治家や企業、大衆の社会的理解が不可欠だということですね。でも私が望む世界に近づいていくための道しるべがようやく見えた気がします。

「分人経済」は、技術的にはすでに実現可能?

崎村:実際にどう運用すべきかについては、まだ整理が必要だと思います。デジタル庁の認証アプリで先ほど出てきた取引先ごとのIDが簡単に発行できる仕組みが既にあるので、それで本人確認ができるようになるとかですね。

ねむ:まさしく聞きたかったところなんですが、デジタル庁の認証アプリは、私が考えているようなことを実現するために作られたんじゃないんですか?

崎村:はい。民間企業が簡単に個人の本人確認ができるように作っています。だから技術的には、取引先ごとに異なる識別番号を発行し、個人の情報を守りながら取引を行うことが可能です。

ねむ:デジタル庁の認証アプリを使えば、仕組み上は分人による取引はすでにできると。では私がすべきアプローチは、私が1番問題視しているのは納税なので、国税庁がそれを使うように誘導していくことでしょうか。

崎村:そうですね。それを実現するためには、国家にとって経済的にどれだけ有益であるかを示すことが重要です。例えば「GDPに2%の影響がある」といったデータを政治アジェンダにすることですね。結局、役所は法律で決められたことしかできません。法律を変えるのは立法府ですからね。

ねむ:「卵が先かニワトリが先か」なんですが、残念ながら仕組みが整わないと本格的な経済活動が生まれないと思うんですよね。今現在、メタバースで経済活動をしている人はまだ少ないですが、これから確実に増えていくはずなので、私が感じている課題は近い未来にはすべてのメタバース住民が直面する問題だと思います。逆に言えば、日本はメタバース文化が世界的に進んでいるので、もしこの問題を解決できれば、日本から次の世界的な経済革命を引き起こせるかもしれません。

崎村:ねむさんの構想を完璧な形で実現しようとすると法律や社会のしくみを大きく変えないといけないですが、今すぐ実現できる現実的な話でいうと、「仲介エージェントモデル」は有効かもしれないですね。法的契約関係を排除することは難しいですが、取引を仲介する企業を間に入れて取引を進める方法があります。

ねむ:企業の事務所所属のVTuberではまさに既にそうなってますね。VTuberが企業と契約して、ファンからの支援を受ける際や税務処理などを企業が担当する形です。ただVTuberの場合は稼ぐ金額が大きいので成立していますが、一般の人が複数の分人格を持って経済活動をする場合にはいきなりそこまでスケールするのが難しいという課題もあります。もっとカジュアルにできるようにしないと誰でも簡単に、とはならないと思うんですよね。

崎村:エージェントにあたるものを複数人で協同組合として立ち上げて、プライバシーを保護する形を模索してもいいと思います。

ねむ:実はそれ、すでに試しているんです。私は株式会社ブイノスさんという企業と契約していて、いろいろな実験をしています。バーチャルでの活動にあたって、必要に応じてブイノスさんが間に入って取引をする形で、私は直接取引先と契約せずに済むように試したら、結構うまくいきました。分人格をアバターの力で作るのと同様、法人格も法律の力を使って作る一種の人工人格なので、非常に相性がいいんですよね。プレスリリースを打つにしても、株式会社の方が信頼もありますからね。

崎村:法人格が間に入ることで、取引の信頼性が高まりますね。

ねむ:法人格という仕組みがすでに社会的に確立されているのは強いですね。一つの人格として動けるので、対外的には社員個人が表に出る必要がないのも良いところです。ただこの仕組みを利用するには、会社側にメリットが必要で、やはりある程度の経済規模が必要です。現時点では、まだその規模に達していないんですよね。

崎村:低コストでエージェントシステムを運用する方法を模索すると良いかもしれません。たとえばある程度の人数で合同会社を作れば、設立費用を抑えられます。法人の維持コストは最低で年間50万円ほどですが、100人いたら1人当たり5000円ですからね。みんなで協力すればハードルが下がります。

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