現実から仮想まで。建築家・水谷元と巡る建築探訪記 【第8回】
『ドラゴンクエストX』好きの建築家が、開発者に「アストルティア」の都市と建築について本気で考察をぶつけてみた(第4部)
丹下:昨今オープンワールドが流行っているので、バージョン7はそういう感覚を得てほしいと思って設計しました。今までの旅がすべて見えてこれまでの冒険が感じられるようにしています。ここまで再現したのは初めてなんですよ。以前のバージョンだとブロックごとに分かれているのですが、今回はひとつの世界になっていることを実感できるようにすごく意識しました。飛ぶと決めた以上は絶対やらなきゃいけない。
水谷:最新バージョンが出ると隅々まで見て回るのですが、気になるものがいっぱいあります。
丹下: ワクワクしてもらいたいので。ちゃんと橋で大陸同士が繋がっているように表現したり、次のムニエカの町の大陸のほうもすごく意識して作っています。
小川:フィールドマップのいろんな場所にいろんなものを置いて興味を引いて……すでにいろんなことが言われていますね。
水谷:アマラーク城ってめちゃくちゃ大きいですよね。中に入った時との印象と外観の大きさに乖離がありますよね。それは何か意図があるんですか?
丹下:フィールドマップから見るとかなり大きく見えますけど、外から飛んだ時の見え方や分かりやすさ。バージョン1の時は原寸でしたけど、シナリオとして必要なサイズ感を意識しました。
水谷:大きさから考えると、あそこがさっきのテラスの部分とは思えない。
小川:外観から見えるお城の全部がいけるわけじゃなくてですね。入る時に城郭の間はジャンプしています。
水谷:あ、そうか。城郭が何重にも重なっている状態になってて。
丹下:入り口から城下町、城下町から城まではジャンプしています。フィールドマップから見える門は攻められた時の最初の門みたいな。
水谷:周辺は水も豊かですよね。橋もゴシックですね。
丹下:そうです、ゴシックを感じられるように作りたかったんです。プクリポのイメージに捉われない面白さも良いのですが、今回はひとつの大陸、ひとつの文化圏で作りたいと。
水谷:様式を合わせたいということですね。
丹下:今回はわりと自分好みになっちゃってます。
水谷:『ウォルド地方』に移動してみましょう。緑が豊かですね。
丹下:唯一豊かな場所であるということですね。ウォルド地方というのは神様の立場でいうと再生の場所なので、空の色も青くてアストルティアに近い雰囲気になっています。ただ村とかは荒廃しているので、徐々に再生している世界を表現しているんです。
水谷:バージョン1から比べるとだいぶ豪華になりましたね。
小川:バージョン7はさらにスペックが上がりましたからね。聖湖ゼニートは崩れているので建物が建っているという感じではないですけど。
水谷:遺跡ですよね?
丹下:シナリオを読んで僕が担当者と話したのは、あの怪盗が活躍するアニメ映画の水没した遺跡です。
水谷:あー!
丹下:沈んだ都市、集落。いずれ水が引くかもしれない(笑)。
水谷:今は水で沈んでいるところが行けるようになるかもしれない?
丹下:かもしれないですね(笑)。
水谷:グラフィックは随分と進化しましたが、違和感は感じませんね。
丹下:冒険者に違和感は持ってもらいたくなくて、極力自然になるようにしています。背景というのはあくまでもバックグラウンドなので。本当に僕は恵まれていてスクウェアから入社して30年ずっと背景でやらせてもらっていますが、今は確実に背景に生命を与えながら、冒険者の体験を邪魔してはいけないなと思っています。
水谷:ストーリーとキャラクターにちゃんと注目がいくように。
丹下:今はそれを目指しています。ドラゴンクエストの担当になってからは優しい世界じゃないとダメだなと思っていますが、昔は若気の至りで…背景で俺がゲームを食ってやるくらいの気持ちでした。
水谷:丹下さんはゲーム内の都市、建築、背景のデザインを担当していますよね。
丹下:スーパーファミコンのドット時代からやっているので基本的にはアートから入って、町のレベルデザインまでひと通りやっています。過去に担当したゲームのオマージュを『ドラゴンクエストX』で試したりしています。
水谷:『ムニエカの町』に着きました。ストーリー上もあると思うんですけど、嘘っぽさがありますよね。
丹下:ここは毛色が違って嘘っぽさを大事にしていますね。外は荒廃しているんですけど、入るとおもちゃの街っぽさがありますよね。
水谷:本来こういう集落だったら、こういう形状の高低差があるようなところは本当に丘になっているような、山沿いに建設されている。平野の中にポツンとある村なのに、その丘を模した形状に高低差がある街並みになっていることに違和感があったり。ここも飛べるんでしたっけ?
小川:飛べますよ。
水谷:明らかに人工的に作られたこの基壇みたいな。
丹下:そうですよ、植栽や樹木もここ以外に合わせていません。
水谷:おもちゃっぽい感じがありますね。この町を作った人物の「自分の思う理想の町」を作ったことが感じられます。
丹下:ムニエカの町に関しては違和感を作ってほしいとシナリオの方からオーダーがありました。「どうつくろうかな?」と。普通に作ったらこの地形に合う町に作ろうとするけど。
水谷:なんか人形遊びするための町っぽい。こういうおもちゃのセットあるよね、という感じなんです。
丹下:そうですね。確かにかわいらしさがギュッと詰まったおもちゃの街のイメージです。
水谷:集落の構成や家屋もなんかちょっと違和感がある。
丹下:あえて汚れとかもない。植栽とかもおもちゃっぽい。
水谷:ピンクや黄色の配色がされていたり。暮らしの気配が感じられない。
小川:刈り込んだ植栽っていうのもこの町にしかないです。
水谷:どちらかというとプクリポの町に近いような。これも本当の植物じゃないかもしれない。
丹下:理想を追うのであればシナリオの強弱に合わせた背景を作っていきたい。すごく寂しくて悲しい展開だったら、そこから悲しい思いが滲み出るような。シナリオを通して町を歩いていると悲しい気持ちになれるような背景をもっと研究していけたらと思っています。
水谷:大変な課題ですね。
丹下:でも終わりはないと思うんですよ。建築もそうだと思いますが、入ったときにワクワクする高揚感をどう実現するか。よく計算されたライティングをされていたりしますよね。ライティングの本とかも研究してみよう思っています。対談しているこのオフィスの蛍光灯の配置も立体感がなくて全体を見えやすくする意図がありますよね。
水谷:オフィスは仕事のための効率的な照明配置ですね。
丹下:ぜひゲームに取り入れていきたいと思っているので、いろいろ手伝ってほしいです。最後にちょうどゲーム内が夜だから、キラキラ大風車のテントのバージョンアップを見ていただきたい。
水谷:おっ! 『はじまりの地』ですね。
丹下:オンラインゲームならではの積み重ねてきた長いチームの良さがあります。この中央のテントですね。透け感がさらにアップグレードされて、ふわっと明るい感じに。下の方に光が漏れている感じとかも。
水谷:本当だ!
丹下:『はじまりの地』のテントは厚みがあって、やさしいライティングのテントに見えるように。
水谷:生地感とかもそうですよね。テキスタイルの感じもできるだけリアルに。
丹下:テントの裏のどこに光源があるのか分かるように表現して。光源をゆっくりと点灯させながら、光が揺らいでいる感じに。
水谷:このテントの組み方は……基本的にドルワームから持ってきたって感じですか。
丹下:五種族連合の調査隊なので五種族のデザインの組み合わせです。どこの種族のものなのか限定しないようにデザインにしています。それぞれの種族の特徴をちょっとずつ入れて。
水谷:ということは、この紋章は五種族連合の?
丹下:そうです。
水谷:あっ、束石(基礎)まで持ってきてる。
丹下:パタパタと組み立てるテントじゃないので、連合のメインキャラクターたちが集まって会議するのにちょうど良い大きさと作りにしています。
水谷:僕は建築の評価で大切なのは「空間体験」だとよく話します。むしろゲームの方が体験に特化して提供しないといけないので、できるだけ違和感なくゲームに集中できるような設計がされていますよね。
丹下:バージョンアップをする度に3Dソフトで作ったから3Dじゃないんだとスタッフに言っています。例えば、柵を配置したらその間に空間が生まれるからそれを意図的に生み出せるように、どんどんノウハウとして溜めてきました。
水谷:挑戦や経験がないと分からないことはやっぱりありますよね。
丹下:経験はもちろん、いろんな専門家の方のお話しを伺ったりして、日々勉強させて頂いています。
水谷:僕ら建築の業界でいうと名作が生まれるか生まれないかは、クライアント次第だと言われることがあります。依頼主から自分でも発想しないような依頼を受けたときに名作が生まれると。一般的な条件が整理された普通の住宅でお願いしますって言われると普通の住宅を作っちゃうじゃないですか。その条件から無理に自分の個性を出そうとしても、なかなか発想が飛ばせないので無難なものになってしまう。例えば子どもたちが1日運動会できるような家を作ってくれとかそういうの結構大事ですね。
丹下:僕らの場合はクライアントはディレクターですね。ほかには、こういう体験をさせたいというシナリオからも依頼があったりします。ヒアリングする力は大事だと思う。みんなが何を求めていて、自分がそれを想像してどう表現したいか。30年やってきて感じるのは、それがうまくいった時に遊んでくる方たちの反応がいいように思います。スタッフのみんなには「新聞記者になれ」と言っています。本当にインタビューする力は大事だと。
水谷:本当にそう思います。僕はヒアリングで依頼主も気づいていない潜在的な欲求を引き出したいということを前提に質問票を作っています。また、脱線した雑談の中に大事なワードがあったりもします。
丹下:こういう仕事をやっていると建築の方もそうですよね。だんだん答えがひとつにまとまってくる。どんな仕事もそれが大事じゃないでしょうか。
水谷:実際作業を始めると方針がきちっと固まっていて、その方針がブレなければ作業自体はスムーズに進んだりとかするんですよ。最初のところでそういう議論に時間を掛けてやってなかったりとか、ブレるような方針を急いで決めちゃうと、途中でひっくり返ったりするという。
丹下:そうですね。そこに時間をかけるって大事ですよね。
編集部:長時間に渡って詳しいお話しを聞かせて頂き、ありがとうございます。インタビューと対談のまとめやご感想を頂けますか。
水谷:ゲームをしながらお話をさせていただくと、お互いにエンジニアというのもあるので、共感できる点や共通点がすごく多くて。昔はドットでしたが、ゲームの中でこれだけ建築を再現しないといけない時代に、お互いの仕事がどんどん近づいてくるというのは必然だと思います。今後もより関係が深くなっていくんだろうという気がしました。
丹下:ドラゴンクエストらしさというのを自由に追求していきたいと思います。僕は51歳になるのですが、僕の最初のドラクエ体験は中学1年生の時の『ドラゴンクエストI』なんですね。
イベント期間中の『竜王の城』はかなり自由にやらせてもらいました。当時の自分がファミコンを通して見ていたドラゴンクエストはこういう絵だというのを素直に作ったんですよね。それがすごく評判が良くて。『ドラゴンクエストX』ではご法度にしていたのですが、暗闇の中をたいまつ1つで冒険をするということをあえてやったりとか。当時の竜王の城はたいまつだけを頼りに下に降っていくと急にフィールドマップの明るい空間に変わります。
あれはファミコン版だけで、スーパーファミコン版以降は違います。当時中学1年生の僕はあれをジオフロントだと感じて。あと、お城はフィンランドにあるオラヴィ城という「ドラクエの城」と言われているものをモチーフに作りました。
水谷:地下世界が広がっているという! 面白い!
丹下:あと、最後の竜王戦の時はファミコンのカセットのパッケージ絵になるようにしたかった。モーションで一瞬パッケージ絵にシュッてなるんですけど。上にいるドラキーの数はパッケージにある数だけ飛ばしたりして、がんばりました。それがまた次にゾーマに繋がって。それを再現したらすごく喜ばれたんです。今日の1日話していて気づいたのですが、今の若いスタッフたちはドラゴンクエストのナンバリングタイトルの何から始めたのかというと、それぞれ違うんですね。
冒険者の方達にもいろんな年代の方がいらっしゃいます。スタッフそれぞれが自分なりのドラゴンクエストを追求してもらったらドラクエミックスになり、それが『ドラゴンクエストX』なんだと思って。自分の中にあるドラゴンクエストの世界観をスタッフに押し込めちゃうと共有できなくなるので。今はみんなの中にある最初のドラゴンクエストを見つけて追求してほしいと思っています。
水谷:素敵なお話ですね。
丹下:オンラインだからいろんな年齢層の人が遊んでくれるので、それぞれのドラゴンクエストらしさを真面目にぶつけていれば各世代のお客様の心に響いてくれる。
水谷:そういえば、ダークドレアムや災厄の王も登場します。
丹下:『災厄の王』もかつて王国があって町が閉じ込められたという設定で。最後のボス戦をバージョン1オープニング・ムービーに繋げたかったんですよ。それをお客さんに感じてもらうために、この町で、このエリアでやりたい、こういう風にやりたい、当時のシナリオ担当に相談したりしながら繋げるためにはどうしたらいいのか、冒険者に伝えるにはどうしたらいいのか考えました。
編集部:ロンダルキアの洞窟を抜けて万年雪の山頂に出た時の感動って今でも覚えているんですよ。
丹下:そうですよねー!
水谷:ドットなのに……あれはもう本当に吹雪が脳裏に浮かぶような。
丹下:あれも作りたい……。
水谷:一応シドーとも戦えますが、ぜひ作っていただきたい。
丹下:本当に楽しい時間でした。
小川:なかなかこんなにしっかり聞いていただける機会はないので嬉しかったです。
水谷:今日は本当にありがとうございました!
© ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX
『ドラゴンクエストX』好きの建築家が、開発者に「アストルティア」の都市と建築について本気で考察をぶつけてみた(第3部)
建築家水谷元氏がアストルティアの魅力を探求し、スクウェア・エニックスの開発部からゲーム世界の建築と都市設計の哲学を直接聞き出す。…