波動拳は出せず、親指には異変――中年男性が四半世紀ぶりの格ゲーで思い出した、あのころの記憶

中年男性が四半世紀ぶりの格ゲーで思い出した、あのころの記憶

 四半世紀ぶりにゲーセンで『ストリートファイターIII』をプレイした。すると眠っていた記憶が湧き出てきた。「俺はこのゲームをクリアできなかった! ふんどし一丁の赤と青の男まで行ったけど、倒せなかった!」蘇った思ひ出に浸っていると、乱入されてボコボコにされ、ゲームオーバー。そして誓った。強くなりたい! 強くなって、あのふんどしキカイダーをブっ倒してくれる……! 少年時代から放置していた宿題を思い出して、勇んで家に帰った。

 帰宅後、まずは敵を知らねばとインターネットに相談してみた。『ストリートファイターIII』のラスボスこと、ふんどしキカイダーは、本名をギル(住所不定。職業は自称神世紀の覇者)と言うらしい。「へぇ、あんたもギルって言うんだ」と分かったところで、次に目標を考える。これでも会社員を十数年やってきたので、目標を設定することの大切さは分かっているつもりだ。もっとも、嫌だ嫌だと思いながら働いていたら、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)を観てテンションが上がった勢いで辞めてしまったり、退職時の日報の御挨拶のところに黒夢の『少年』の歌詞を全部書いたり(ちゃんと最後のBoy!まで書いた)、あまりイイ社員ではなかったかもしれないが……それはそれとして。目標を立てれば、そこから逆算でやるべきことを考えられる。ギルを倒すために必要なことはなにか? 何度も練習することである。そして何度も練習するには、何度も練習できる環境が必要だ(当たり前のことだが、私はこういう地道なチェック作業をしないと、いとも容易く大事な仕事を見落としてしまう)。

 繰り返し練習するとなると、ゲーセンは不向きである。1プレイは100円だが、いまはコンビニおにぎりが100円を超えるWelcome to this crazy time、なるべく安く「何度も練習できる環境」を整えるべきだ。というわけで家に鎮座するPS4に命を吹き込むことになった。最近はDVD & Blu-rayを再生する機械と化しつつあったので、こちらで『ストリートファイター3』を購入することに。調べると……歴代の『ストリートファイター』シリーズがひとつに収まった、その名も『ストリートファイター30th アニバーサリーコレクション』なる商品があったのだ。

 ちょうどセール中で、1000円以内で買えてしまう。練習で確実に10回以上は死ぬ自信があったので、これはもう買うしかいない。マストバイ! ということで購入。さらにハマりすぎると時間が無限に溶けると予想されるので、仮にハマってしまっても大丈夫なように、風呂に入ったあとの「あとはもう寝るだけ」の時間を練習時間に当てることにした。こうして環境は整った。いよいよ練習実践編である。使うキャラはもちろん、少年期のお気に入り。ボクシング紳士のダッドリーである。そしてプレイを始めたのだが……早々に壁にぶつかった。そう、ビックリするほど技が出せないのである。

 弱中強のパンチとキックは出せるが、それ以外がまったく出ない。ダッドリーの操作が飛びぬけて難しいのかと思って、試しに主人公のリュウを使ってみたが……これもまた言うことを聞いてくれない。ザ・リーサルウェポンズというコンビの歌に「昇竜拳が出ない」という名曲があるけれど、私は昇竜拳どころか波動拳が出せないのである。しかし、ここで心が折れたら少年時代の繰り返しだ。連載も終わってしまうし、練習あるのみ。ダッドリーの技「マシンガンブロー」を出せるようになることを最初の目標に、コントローラーとの格闘が始まった。「マシンガンブロー」のコマンドは、←↙↓↘→+P(パンチ)である。これをひらすら連打するが……全然、出ない。私にとって「↓↘→」のコマンド入力は鬼門だ。コントローラーを半円に押す感覚と、Pを押すべきタイミングがまったく掴めない。そして……。

 プレイ開始から30分、親指に異変が起きる。「兄さん、左手の親指が痛いよ」と確認すると……手に水ぶくれができていた。そして再び少年時代の思ひ出がぽろぽろと……。そう、これこそが少年時代の私が「波動拳が出せない状態」を放置した理由、引いては格ゲーを避けるようになった理由なのだ。

「そうだ。俺が格ゲーを諦めた理由は、指が痛いから嫌になったんだった」

 「痛い」というのは、なにかを投げだす理由として非常に強い。ギターを志した少年少女の多くが「指が痛いから」という理由で辞めるように、あるいは運動部に入った少年少女が筋トレや練習の筋肉痛に耐えきれず退部届を出すように、「痛い」というのは人間の本能に直でつながっている。ましてやゲームは娯楽であって、「なんで楽しくゲームをしたいのに、痛い思いをしなきゃならないんですか?」と辞意が湧いて来て、コントローラーをステージ中央にそっと置くのである。実際、過去の私がそうだったように……。

 しかし、私はもう38歳である。体の痛みも心の痛みも、それなりに経験してきた。EXILE TRIBE的な思想というか、世の中にはNo Pain No Gain(痛みなくして成長なし)なこともあると知った。『ストリートファイターIII』もそうなのだ。水ぶくれの痛みに耐えつつ練習を続ける。しかし技の入力にミスって、意図せず飛んだり跳ねたり挑発ムーブをするダッドリーは、容赦なく敵にボコられていく。ステージ1はなんとかクリアできても、ステージ2~3ではCPUにボコボコにされてYou Lose。指の痛みに耐えながら敗戦を1時間繰り返すと、どうしてもテンションが下がる。

「なんでこんな痛い思いをしているんだ? こんな痛い思いをしないと格ゲーは上手くなれないのか? 昔、せがた三四郎が言ったように、指が折れるまで頑張らないと勝てないのか?」

 ……と、ここで指の痛みによって人間の防衛本能が発動したのか、冷静な大人の自分が顔を出した。「そんなわけがない。全『ストリートファイター』ユーザーが指を折っているはずがない。考え方を変えるべきだ」と。そして、ある結論に辿り着いた。それは……。

「そもそも俺は、『技』に固執しすぎなんじゃないか?」

 このゲームで大事なのは、技を出すことではない。技は勝つための手段であって、目標ではないのだ。私はパンチとキックしか出せないが、逆にパンチとキック、そしてガードに細心の注意を払って戦ってみたらどうだろうか? ダッドリーが自分の思っていない動きをして敵にボコられるなら、まずは思った通りに動かすことを目標にしてみよう。そのように考え方を変えて、パンチとキックのみで戦ってみることに。すると……なんとビックリ。普通にノーコンティニューでステージ4まで行けてしまった。技は出せないけれど、練習開始から過去イチの戦績を出してしまったのである。やはり大事なのは基礎なのだ。パンチ・キック・ガード、こうした通常技を疎かにしていた己の未熟さを恥じた。

 通常技だけでも、実は思った以上に戦える。なにより「勝てた」という事実が私のテンションを上げてくれた。やる気も出てくる。そして「だったら『技』が出せるようになれば、もっと強くなれるのでは?」と思えてくる。テンションが上がると、多少の痛みは平気だ。先ほどの「痛いから」という嫌々感は消え、非常に前向きな気分で再び『技』を出せるように練習を再会する。が……豆が2カ所に増えた。程なくして潰れた。痛ぁい……。しかも、やっぱり「マシンガンブロー」が出ないし……。

 このままでは指が死ぬ。というか、よく考えたらゲーセンは家のコントローラーとは違う。自分の指に優しくしつつ、ゲーセンでギルを倒すためには、アレが必要だ。アーケードコントローラー……いわゆるアケコンである。

 次回、「アーケードコントローラーを買おう×吠えろ! 俺のマシンガンブロー!」。

©CAPCOM

もうカツアゲは怖くない――中年男性が“四半世紀ぶりのゲーセン”で思い出した少年時代

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