ファッションブランド「ANREALAGE」はなぜメタバースに進出したのか? キーマンが語り合う、ファッションで結ばれる“二つの空間”

「バーチャルとリアル、どちらからでも「アンリアレイジの服」に興味を持ってもらいたい」

――そんななかで、今回選ばれたプラットフォームは『ZEPETO』『Roblox』『VRchat』です。この3プラットフォームを見て、互換性がないプラットフォームもあるような気がしたのですが、そのあたりはどのように工夫されたのでしょうか?

藤原:今回に関しては互換性がないので、一つひとつクリエイターたちと一緒に時間をかけて取り組むことを第一に優先しました。この取り組みは単発のものではなく、デジタルのファッションの可能性を広げていくための目線が長い取り組みなので、どこのプラットフォームが一番相性がいいか、使われ方として拡張性があるのかということを見ていくためにも複数でやる必要性はあったと感じています。

――今回は2023年8月のパリコレで発表した、3ルックのパッチワークドレスを元に制作されたデジタルウェアが販売されています。冒頭におっしゃっていたように制作自体がデジタルになっていたということは、デジタルデータは制作の際に元からあったんですか?

志村:参考になる資料はありました。ただ、各プラットフォームのアバターの骨格も違いますし、お渡しはしましたけど藤原さんのほうで丸ごと作り変えていらっしゃいますよね?

藤原:そうですね。それこそ志村さんにも何度かご連絡して、ショップにも数度足を運ばせていただき、クリエイター陣と一緒に生地を触ってみたり、どう表現したらいいだろうかと話し合ったりと、実物を見ながら進めていきました。

――その他に、制作を進めていくうえで特に苦労した点などがあれば教えてください。

藤原:やはり、扱うものがパリコレに出展されているようなブランドの洋服なので、そのブランドのことをしっかりクリエイター陣で理解をして、表現としてどこまで忠実にバーチャルの世界でやりきれるかという意味では、お話を重ねながら慎重に進めていきました。

 パッチワークのドレスということで、複数の生地を合わせる作り方をパターン分けしたテクスチャで再現したんです。改めてバーチャルでやってみて、リアルの方が普段やっている大変さがすごく分かりました。クオリティを良くするための試行錯誤は色々とありました。

――4月の発売から1か月ほど経ちましたが、実際の購買層はどのような感じなんでしょうか?

藤原:各プラットフォームで違うなということはすごく感じています。単純にプラットフォームごとにユーザー数に差があるということもありますし、プラットフォームごとの性質の違いもあって。

 たとえば『VRChat』の方々はクリエイターへのリスペクトが強い文化があるので、アンリアレイジの服を着た方が「今回アンリアレイジというブランドのことをさらに知って、パッチワークの良さも知った」みたいなことを話してくれていたり、『ZEPETO』は女性ユーザーが多いので、「映える」といったコミュニケーションがあったり。『ZEPETO』の場合はプロフィールでどこの国の方か書いてあったりするんですが、そこで観測している限りでは少なくとも9カ国以上のユーザーが使ってくれたり、SNSに投稿までしてくれていて。その広がりを見ていると、すごく可能性を感じますね。

――志村さんは実際にその動きを受けていかがですか?

志村:やはり、プラットフォームごとにそれぞれのシーンがあると感じますね。僕には小学生の娘がいますが、すでに『ZEPETO』をはじめて楽しそうに遊んでいます。小学生でも楽しめる場所であり、大人でもスタイリングコーディネートを使ってコミュニケーションを取る場所になっているというのは、それぞれ独立した文化が確立していると感じます。

 自社の洋服がバーチャルの世界でどう評価されていくのかはすごく興味がありますし、今回はリアルでも作っているパッチワークドレスをバーチャルでリリースしましたが、プラットフォームのアバターが着たときにどのようなルックになるかは、実際に存在する洋服があったからこそイメージの比較ができましたね。

アンリアレイジ事業部長・志村典昭氏

――今回のような「リアルクローズをアバターファッションにする」ということだけでなく、リアルクローズの制約にとらわれない形でのバーチャルでの服作りは、志村さんからはどのように映っていますか?

志村:魅力を感じますし、今後そのような取り組みはやっていきたいと思います。リアルクローズを忠実に再現することが全てではないですし。そのシーンでユーザーが喜ぶデザインを作っていきたいです。

 バーチャルとリアル、どちらから入ってきても「アンリアレイジの服」に興味を持ってもらえることが理想形なので、デジタルでしか再現できない洋服があってもいいと思っています。

――余談ですが、VRChat上で知人が「アンリアレイジの服が5000円で買えるなんて、これがどれだけ素晴らしいことか」と熱弁していました(笑)。

志村:ありがとうございます(笑)。リアルクローズの金額は現実世界に紐づいているので、だれもがその価値を認識できますが、デジタルではプラットフォームごとにものの価値が異なります。同じデザインの洋服をバーチャルで販売したときに「いくらで売るべきなのか」ということは何度も社内で検証しました。

 まずはより多くの人に知ってもらうという意味も込めて、各プラットフォームの適正価格を検証し値付けしました。でも、そのようなリアクションがあって良かったです。

アンリアレイジ事業部長・志村典昭氏、V CEO・藤原光汰氏

ーー藤原さんはバーチャルファッションシーン全体の現状と今後についてどのように考えていますか?

藤原:僕らはコロナ前くらいのタイミングからバーチャルの領域に入り続けていて、日本だけでなく海外のユーザーも含めて、バーチャル上が主になりつつある人たちや若い世代を見てきたんですが、ファッションに関してはリアル以上の可能性があるのではないかとずっと感じています。

 人間の肉体や重力の制約にとらわれない表現ができたり、それが拡張されるようになったときに、今まで表現できなかったファッションの形が表現できると思います。

 昨今、メタバースはいろんなことを言われていますが、事実としてバーチャルへの滞在時間が伸びている人は増え続けています。自分のアバター、その名前や人格で呼ばれる“自分”の方が生きやすいと感じている人も増えていると思うんです。そして、そういった人びとはまだまだ増えていくと思っています。

 そうなったときに、バーチャル上のファッション、つまりアバターの姿を着飾ることの方がその人にとって重要度が高くなっていくことが考えられます。ファッションに限らず、今後バーチャル上で人々が暮らしていったり、表現の幅が広がっていったりと生活の利便性が上がっていくことは間違いないと思っているので、そこに対して自分たちができることをどんどやっていくことが必要なのかなと思っています。

株式会社V CEO・藤原光汰氏

――たしかに、たとえば体型や身長の都合で“着たいけどなかなかリアルで着れないような服”も、バーチャルの姿では問題なく着ることができる。それは自己肯定感や幸福感を上げるでしょうし、ユーザー視点でのそういった捉え方はすごく重要ですね。

志村:不思議に思うことは、バーチャルの世界では服なんて着なくてもいいはずなんですよ。でもそこには人それぞれ「自らを装いたい」という現実の世界と変わらない人格性や美意識があって、服を必要とする世界がある。現実の世界とデジタルの世界を分けて考えるのではなく、同じ視点で同じ世界の事柄として考えていくことが必要です。

 デジタルの世界での服のあり方は、自由な発想や多様な視点を持つことができます。新しい服の価値を見出せる可能性を感じています。

「リアルとデジタルの2軸で「アンリアレイジ」として認知されていく形を目指していきたい」

――現在の日本はブランドのバーチャルへの参入がそこまで多くない印象です。『竜とそばかすの姫』とのコラボやファッションウィークに出られた2022年から1年が経ち、志村さんは業界の温度感をどのように感じていらっしゃいますか?

志村:デジタルにおけるファッションの市場調査の有権者としての意見交換会議にも参加したことがありますが、バーチャル市場への参入に興味があるという話はよく聞きます。ただどう実現していくか、またクリエイターをどう確保していくか、といったハードルを越えられず、ファッションブランドが本格的に事業として参入するにはもう少し時間がかかると思います。大手だとすでに参入している企業もありますし、リソースや座組さえ整えば、参入するブランドは増えると思います。

アンリアレイジ事業部長・志村典昭氏

――そのお話を聞くと、アンリアレイジさんは世界ですごく著名なブランドではありますが商業的に多くの店舗を出しているわけではないなかで、思いきり舵を切られたのはすごいことだなと改めて感じます。

志村:「ANREALAGE」という言葉は「A REAL」(日常)、「UN REAL」(非日常)、「AGE」(時代)という3つの言葉で構成されています。「日常の中でほんの少しの非日常を感じること」ができるファッションであったり、対極にある事柄を使い全く新しい概念の表現を試みるブランドです。デジタルとリアルの服においてその二つをどう使うか、REALとUNREALという言葉があるように表現の場所としては参入しやすかったと思います。

 

――2023年も折り返した現在、コロナ禍が一度落ち着きはじめて、リアル回帰のような流れも出ています。アンリアレイジさんはそもそもコロナ禍で必要に迫られてフルデジタルに変えられましたが、今後クリエイティブのやり方はどのようにシフトしていくのでしょうか?

志村:リアルの服とデジタルの服の2軸で「アンリアレイジブランド」として成り立ち、認知されていく形を目指していきたいと考えています。パンデミックが起こり、信じ難い現実を目の当たりにし、予想もつかない非日常がいつ起こるかわからない中で、よりボーダーレスで多様な視点を持つべき時代が来ていると感じます。リアルとデジタル両面での取り組みがよりシームレスな時代になると思っています。

――藤原さんの視点から見ると、今後のバーチャルファッションとブランドという括りではどんな動きが起こりそうだと考えていますか?

藤原:おそらくバーチャルに対してある程度リソースを割いてやっていこうという企業と、そうでない企業に大きく二分していくんだろうなと予想しています。

 先日、「NTTデータ」グループのクニエが出していたリリースで、「日本でメタバースの事業を検討したり取り組んだ企業のうち、91%は1円の収益も上げずに終了するか、途中で計画が頓挫している」ようなんです。こうしたことを踏まえても、収益を上げる前段階までの難易度がかなり高い領域なんだと思いつつ、ユーザーの中ですでに起こっている「ファッションの新しい可能性」に焦点を当てて取り組んでいく方が、未来はひらけていくのではないかと思うところです。

■各種オフィシャルWEBサイト
「ANREALAGE」(BOOTH)
「ANREALAGE」オフィシャルWEBサイト
株式会社VオフィシャルWEBサイト

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