ファッションという“欲望”が持続可能なものであるために ミラノコレクションに7年連続で出展した中島篤が見つめる「VRとファッションの交錯点」

中島篤が見つめる「VRとファッションの交錯点」

 ジャンポール・ゴルチエの薫陶を受けたファッションデザイナー・中島篤氏が立ち上げたブランド「ATSUSHI NAKASHIMA」は、ことし4月に株式会社BALと共同でバーチャルファッションの展開を発表、4月10日から販売を開始した。

 世界四大コレクションのひとつであるミラノ・コレクションに7年連続で出展するなど、国内外で高い評価を受けてきた同ブランドが、なぜVRの世界への参入を決めたのか。「フィジカルなものづくりに、誰よりもこだわってきた」と語る中島氏が、VRの世界に感じた可能性とは。バーチャルファッションとリアルクローズのあるべき未来について、お話しを伺った。(福地敦)

■中島篤
2004年ジャンポールゴルチェのアシスタントデザイナーに就任。
2009年から同ブランドのディフュージョンラインヘッドデザイナーを務め、それを経て帰国後の2011年に自身のブランド「ATSUSHI NAKASHIMA」を立ち上げる。
2012年 第3回DHL デザイナーアワード受賞。
2013年 ジルサンダーネイビーでバッグラインのディレクターに就任。
2015年 海外のデザイナー支援プログラム「DHL Exported」を日本人として初めて受賞し、ミラノコレクション公式スケジュールにてコレクションを発表。
その後現在にいたるまで6年連続でミラノコレクションで発表を続けている。
コロナ禍でデジタルショーが主となった2021 SS コレクションでは、ブランド発となるデジタルショーで発表をおこなった。

"新しさ"が困難な時代で、いかにクリエイションを発揮するか

――まずは中島さんのこれまでの経歴を教えてください。最初はデザイナーではなく、パタンナーとしてキャリアをスタートしたと伺いました。

中島篤(以下、中島):そうですね。私が専門学校でファッションデザインを学ぶなかで、何よりも痛感したのは「服は絵ではなく立体であり、フィジカルなモノである」ということです。デザイナーの頭のなかにどれだけ素晴らしいイメージがあっても、それだけでは良い服は生まれません。そこでまずは、縫製工場で働き洋服の基礎を学ぶ道を選びました。夜な夜な会社に居残って、ジャケットのパターンや縫製を研究したり、コム・デ・ギャルソンのコレクションサンプルを縫ったり、本当に楽しかったですね。

 一方でいつかはデザイナーになりたいとも思っていたので、力試しも兼ねてデザインコンテストに参加してみたんです。応募したのはシンプルなジャケットだったのですが、見る人が見ればわかる技術を詰め込んだもので、結果的にグランプリをいただくことができた。そのとき審査員を務めていたジャンポール・ゴルチエに誘われるかたちでパリへと渡り、彼のアトリエでデザイナーとして数年間の経験を積んだ後、2011年に帰国して立ち上げたのが「ATSUSHI NAKASHIMA」です。

中島篤氏

――「ATSUSHI NAKASHIMA」は国内外のさまざまなアワードを受賞されています。最近では、循環素材も積極的に採用されていますね。

中島:ファッションが成熟した現代においては、"新しい服"を作ることはかつてなく困難です。ゴルチエやアレキサンダー・マックイーンが華々しくデビューした頃のように、才能ある個人のクリエイションだけで独創性が担保できる時代は過ぎ去ってしまいました。そんな中で、それでも新しさを求めるなら、新たな技術や素材を積極的に採り入れていくしかない、というのが私の意見です。これはVRの活用にもつながる話ですね。

 つけ加えると、数年前に私自身が体調を崩したことも、環境に目を向けるきっかけになりました。最初は日常の食生活の見直しからはじめたのですが、次第に環境汚染についても考えるようになって。たとえばファッションの領域に限っても、洗濯時などに衣類から流出するマイクロプラスチックは、海や大気の汚染の原因となっています。こうした状況を変えるために、まず自分にできるのは循環素材を積極的に使っていくことだと考えたんです。

VR空間が「オシャレをしたい」という欲望の受け皿になる?

――バーチャルファッションに目を向けるようになったきっかけについても、改めて教えてください。

中島:先ほどの話とも重なりますが、まずは環境負荷の軽減という文脈でVRに関心を持ちました。というのも、ファッションというのは"新しいモノが欲しい"という人々の欲望によって成り立ってきた産業です。シーズンごとに新たな服が大量生産され、古いものはどんどん捨てられていく。その営みが環境に多大な負荷をかけてきたわけです。だからといって、私たちは急に欲望を手放すこともできない。それならVRという空間を、新たな「欲望の受け皿」として捉えられないかと考えたんです。

――なるほど。たしかにリアルな消費と比べれば、VR空間での"消費"は環境負荷が圧倒的に少ないですね。

中島:ただ当時の私にはVRの知識がなかったので、まずは協力者を探すところからはじめました。その中で知人に紹介していただいたのが、今回のプロジェクトを共同で手がけた株式会社BALさんです。

 VRに関しては素人同然だった私から見ても、同社が手がけるバーチャルファッションブランド「only 4U」のクリエイティブは圧倒的でしたね。素材の質感はもちろん、一着一着の細部が緻密に表現されていて、ひと目で「これはパターンや縫製を理解した人の仕事だ」とわかりました。それから色々とお話しをさせていただき、共同プロジェクトの第一弾として、まずは私が2023年のミラノコレクションに出展した作品をバーチャル化することになったんです。

わらしべ長者氏がデザイナーを担当する『only 4U』

――具体的にはどのように作業を進めていったのでしょうか?

中島:写真とパターンデータをお送りし、あとは「only 4U」の担当デザイナーであるわらしべ長者さんにお任せした恰好です。わらしべ長者さんはファッションデザインに精通されているので、特にこちらから注文をせずとも布の質感やシワ感まで、実にリアルに表現してくれました。

 今回バーチャル化した作品のなかには、カルゼ組織のきれいな綾が特徴的な「ポリエステルトリプルクロス」という特殊な循環素材を用いたものもあるのですが、その質感もまさに本物さながらでした。

――一流のデザイナーである中島さんから見ても、まったく違和感のない仕上がりだったのですね。公開後の反響はいかがでしたか?

中島:ミラノコレクションに出展した作品のVR化という話題性もあり、各種メディアからの反響は想像以上でした。一方で、ファッション業界からはそれほどリアクションがなくて……。業界全体でみると、VRへの関心はまだまだ低いのかな、というのが率直な感想です。けれど競合がいないことはチャンスでもあるので、私自身は引き続き積極的にVRを活用していきたいと考えています。

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