『Adobe Substance 3D』で変容するプロダクトデザインの未来 サステナビリティとコスト削減の両立が可能に
2006年、北欧の家具ブランドIKEAは製品画像を制作する効率的な方法を探した結果、次期カタログに掲載する"椅子"の写真の一部に3D画像を採用した。3Dモデラーチームによって制作され、テクスチャリングが施されたこの「なりすまし」の椅子に、読者は誰も気が付かなかったという。今日においては、イケアのカタロググラフィックの75%がコンピュータで制作されており、彼らの目標はバーチャル・アセットの使用率を100%にすることだ。
IKEAに限らず、今や製品画像に3Dモデルを使用することは多くの企業で実践されており、この手法は製品の小さな仕様が変更されるたびに大掛かりな撮影をやり直す必要がなくなる点で非常に効率的だ。こうした方法で生まれた写真ーー「バーチャルフォト」は商用写真撮影の常識を覆す、新たなスタンダードになっている。こうした3Dクリエイティブワークを強烈に主導するのがAdobeの「Substance 3D」というソフトウェアシリーズだ。
多様なブラシとレイヤーでテクスチャを制作・加工できる「Adobe Substance 3D Painter」、3Dアセットを配置して撮影を行えるバーチャルスタジオ「Adobe Substance 3D Stager」、3Dマテリアルのデザインツール「Adobe Substance 3D Designer」、写真を3Dマテリアルやテクスチャに変換できる「Adobe Substance 3D Sampler」、3Dモデルを制作できる、カスタマイズ可能なモデルやライト、マテリアルをダウンロードできるライブラリ「Adobe Substance 3D Assets」、先日の『Adobe MAX 2022』ではVRモードでの実装も報じられたモデリングソフト「Adobe Substance 3D Modeler」。これら6つのソフトウェアを組み合わせれば、3Dマテリアルの制作からテクスチャリング、スタジオ空間の制作から撮影までをコンピュータの画面上で完結できるのだ。
製品の販促に3Dモデルを活用する事例はバーチャルフォトにとどまらない。シューズメーカー・ミズノでは、製品企画時に制作するラフスケッチや、製品展開時に使う製品サンプルの制作においてAdobeのSubstance 3Dを使って制作したバーチャルサンプルを活用しているという。ミズノ株式会社のシューズデザイナー・中村敬氏はバーチャルサンプルのメリットをこのように語る。
「従来はさまざまな素材を使って製品サンプルを作っていましたが、サンプルをバーチャルに置き換えたことで様々なメリットが生まれました。アパレルやシューズの業界では製造上の環境負荷というのが大きな課題になっています。グローバルなニーズに対応するため、より良い機能を求めていくためには1つの製品を検討するだけでも膨大なサンプルを作る必要がありましたが、バーチャルサンプルを使うことで環境負荷を下げ、よりサステイナブルな開発を行うことができます。撮影の費用を削減できたり、後からシューズの仕様変更があったとしても素早い修正が効く、というのも大きなメリットです。販促ツールとしてのバーチャルサンプルの活用には大きな可能性があると感じています」
ここまでプロダクトデザインの世界における3Dモデルの活用事例を2つ紹介した。3Dモデルの利便性や、3Dモデルを活用したワークフローが制作の効率を大きく向上していることがわかっていただけたと思うが、この施策の可能性は現状にとどまらないだろう。こうして生まれた3Dモデルは近年盛り上がっているAR・VR世界に持ち込むことでさらに発展していくからだ。たとえばアップルは現在、製品サンプルをAR空間で見られる施策を行っており、これは前述のバーチャルフォトの発展型だと言えるだろう。
3Dモデルが現実とバーチャル空間の双方に影響を及ぼす現代だが、近い未来においては3Dモデルの価値がさらに高まることも予想できる。今後メタバースが発展すれば、企業は「製品サンプル」の検討会をVR環境で行うようになるかもしれない(サンプルを3Dで制作しているのだから、そのほうが自然だとすら思える)。こうして制作した3Dモデルをさらに作り込み、それ自体を販売する可能性もあるだろう。技術発展の速度に驚きつつも、目の前にある未来を楽しみに夢想したいものだ。