世界のリモートレコーディング事情と、そこから浮かび上がる日本の特異性 横山克×備耕庸が語り合う

横山克 × 備耕庸対談

「作曲をしてから収録というプロセスを変えないと行きつけない場所がある」

『バイオハザード7』の音楽収録風景(画像提供=備耕庸)
『バイオハザード7 レジデント イービル』のオリジナル楽器音源収録風景(画像提供=備耕庸)

――LAもコロナ禍でリモートレコーディングがより加速したと思いますが、元々はどのくらいの頻度でリモートだったのでしょうか。また、コロナ禍以降はどのような変化がありましたか?

備:僕が作曲家エージェンシーに入社したのが2008年なんですが、そのころからリモートレコーディングはすでに当たり前のものでした。当時はネット回線も速かったり遅かったりしたのですが(笑)。アメリカで急速にリモートレコーディングが進んだのは2010年代に入ってからで、それは”ユニオン(労働組合)“の問題が大きかったんです。

 アメリカはユニオン社会で、演奏家たちの多くはAmerican Federation of Musicians(AFM)という非常に力を持つ音楽演奏家組合に加盟しております。様々な規約があり、ミュージシャンにとっては、保険などのメリットも多いですが、ユニオンの規程に沿った「ユニオンプロジェクト」でないと演奏不可など、演奏機会の制限などに繋がる規約も存在します。

 制作側の視点だと、ユニオン収録は一流の演奏を収録できるメリットもありますが、最初に支払う演奏費とは別に追加の支払いが発生するなどのデメリットもあります。例えば映画の場合、興行収入に比例して莫大な追加支払いが発生したり、ドラマだとシーズンのリニューアルごとに、最初の演奏費と同額をミュージシャンに払ったりする規約がある。となってくると、制作側としては、ノンユニオンでの収録(非ユニオンミュージシャンとの収録)を作曲家に希望する場合が自然に増えてくるわけで、2010年代に入ってから「収録はノンユニオンで行ってください」という条項が契約書に盛り込まれるることが多くなりました。東ヨーロッパでのレコーディングが増えていったのはそのような背景もあります。

 ユニオンはコロナ対策もすごく安全第一で、いろんな制約や安全対策も行っていました。たとえば、集合前にミュージシャン全員にPCR検査を行うのですが、制作側が検査代と検査手当をする必要がある。実際、レコーディングでひとり呼ぶのに対して、プラス4万円くらいかかっていたんですよ。それが80人のオーケストラとなると結構な金額になってしまう。安全対策を行うなら少ない人数で収録しないといけない、ミュージシャンの配置も変えないといけない……っていう制限もあり、L.A.では中々収録しづらいところがありました。いまはL.A.もみんなワクチン摂取済で、だいぶレコーディング自体はしやすくなってきています。

――それだけユニオンが幅を利かせることで、良い意味で変わったこともあるのでは?

備:アメリカ以外の国にとっては良い状況になったと思います。ロンドンのミュージシャンもどんどん収録する機会が増え、結果として演奏能力の底上げにつながったと聞いたりします。また東ヨーロッパの国々は「どうやったらもっと効率よくできるのか」をかなり突き詰めて考え、テイクシートもすごく綺麗に作ってくれるようになりました。「何テイク目はOKだけどoo」、という記述を音楽的な視点で書いてくれるので、作曲家は収録したあとの作業がすごくしやすい。常にワークフローの進化と機材もアップグレードを行い、お互いが良いものを作りながら、どうしたらもっとサービスとして受け入れられやすいかを日々考えているのだと感じています。

Valenciaでのスパニッシュ・ギター・レコーディング(画像提供=横山克)
Valenciaでのスパニッシュ・ギター・レコーディング(画像提供=横山克)

横山:同感です。東ヨーロッパの中でも、それぞれの国でサウンドの個性も違うんです。個人的にはマケドニアには日本に近いイメージを持っているんですが、ブダペストとブルガリアは近しい雰囲気を持っているように感じますし、そういう地理的な関係性も面白いですよね。

 あとはテイクシートをまとめてくれるというのは日本で見たことがなくて。日本では、ミュージシャンが1番いいテイクを繋ぐことまでやったりしますけど、それって考えてみればすごい器用で特殊な話ですよね。日本のミュージシャンは1テイク録ったら「ちょっと聴かせて」と言って、自分の過去のテイクも踏まえた上で「じゃあ20小節目から30小節目もう1回演奏します」とか、「5から6までは2テイク前に戻しておいてください」とか。凄まじい記憶力です。ただ、作曲家にとって良いテイクというのはまた別のところにある可能性もあります。ヨーロッパでこのやり方を見てから、とても良いシステムだと感じたので、そういった事も自前でやろうということでPlugnoteという作曲家アシスタントの会社を立ち上げたところもあります。

備:Plugnoteさんは音楽制作におけるイノベーションだと僕は感じています。アメリカの事情を考えても、Plugnoteさんのような役割を担ってくれる独立的な音楽制作サポート会社はなく、作曲家は自分でチームを組まなければなりません。横山さんは、作曲家としてのアーティストマインドと、チームを運営する組織力・マネジメント力を持ち合わせたは稀有な存在ですよ。

横山:難しいところですよね。先程のように、レコーディングやエディットは、日本だとミュージシャン頭の中でやってくれたりするんですよ。それでいうとPlugnoteという会社は「別に必要なかった」とも言えるんです。ただ、もしかしたら、「正確に演奏する」ことが目標となり、「一か八かの表現」を得にくい事になるかもしれない。いろんなところに行っていろんなものを吸収してきた結果、やっぱりこれまでのやり方ではたどり着けない表現があると思ったんですね。作品の依頼が1つきて、1人で50曲を消化して、いろんなリモートレコーディングもエディットもするというのは、長い目で考えた時にあまり良くないなと。仕組みを作って仕事を区分けする、分業の仕組みを作るのは大事なことだと思います。

備:僕はPlugnoteさんのような会社にすごく必要性を感じていますよ。特に第一回のオーケストレーションの話は、まさにというもので。日本の作曲家の大多数がご自身でオーケストレーションをされているというのは、多才な方が多いということなのですが、オーケストレーターがいることで自分の楽曲を改めて違う位置で見るきっかけになったり、演奏のトーンクオリティや感情表現など、もっとプラスアルファの表現まで持っていける場合もあるわけです。Soundtrack Music Associatesにもオーケストレーターとして活動する作曲家もいますが、作曲の仕事とオーケストレーションの仕事のマインドは全然違います。オーケストレーターがいることによって音楽がさらに磨かれることは多く、演奏収録もスムーズにいきます。

横山:マインドの話で言うと、オーケストラに限った話ではなく、テクスチャレコーディングなどにおいてもそうなんですよ。たとえば「お祭り・フェスティバル」がコンセプトの作品があったら、その音をいっぱい録りにいきたいわけです。これをリモートでやるかはわかりませんが、そういった音素材をいっぱい収録して、それを曲に取り入れていくのも、作曲家のマインドのひとつだと思うんですよね。

備:横山さんはよく海外でオーケストラ以外の楽器も収録されていますが、個人的にはそれがとても素敵だなと思っていて。作曲家の多くは、鍵盤を使って作曲を行いますが、フィドルやコラなどのような民族楽器的な領域においては、演奏や表現のメカニズムが大きく異なるので、ソリストにこちらのアイデアを伝えた上でそれを演奏していただくしかない。オーケストレーターが作曲家に「こういうのもいいんじゃない?」とオーケストレーションを提案して作っていくように、ソリストが作曲家に「言いたいことは分かる。こんな感じなんじゃない?」とやりとりをしていくこと一緒に作り上げることができる。もしくは作曲前に、素材としてその楽器のフレーズを演奏をストックとし、作曲の一部に使うというパターンもありますよね。普通だったら作曲→収録→ミックスという流れですが、場合によっては収録→作曲→ミックスになるかもしれない。横山さんはそういう作り方をしているようにも感じます。

横山:これは創作において大切なポイントですよね。作曲をしてから収録というプロセスを変えないと行きつけない場所があると思っていて、ポストレコーディングやプリレコーディングというのは、まさにその前提を超えるための方法だと思っていますし、それらの手法とリモートレコーディングは、効果的に使えばとても相性がいいと思うんです。作曲の前と後の両方にやってもいいわけですし、いろんなやり方があるのが現代の作り方っぽくていいですよね。

L.A. Sunset StudioでのDrumlineをモチーフにしたプリ・レコーディング(画像提供=横山克)
L.A. Sunset StudioでのDrumlineをモチーフにしたプリ・レコーディング(画像提供=横山克)

――たしかに。いまの時代だからこその音楽の作り方ですし、作曲→収録→ミックスという流れを変えることで、いままでにない音が生まれる可能性もあると。

備:ひとつの例として、音楽制作で参加した『バイオハザード7』では、オリジナルの音源を作曲家マインドで使用するために『Kontakt』というNative Instrumentsのサンプラーで『REMM(Resident Evil Music Module)』というツールをデザインしました。『バイオハザード ヴィレッジ』ではアイディアを進化させ、SANKEN(三研)の100kHzまで録れるマイクなどで収録してハイサンプリングで録った素材を、とても変わった質感の劣化させずに作曲に使用できるように『Bruitage(仏語でフォーリーの意)』というツールを作りました。「自作ツール=良い」ということはありませんが、そうやって作曲の手法をテクノロジーで変えていくことによって、結果的に新しい音楽のイノベーションが生まれるんじゃないかなと。

横山:マインドを変える、というのは大きなことですね。こだわって作った音が作品になってドラマの中やテレビのモニター越しに聴いた時に「変わったことやってるな」と感じたりするんですよね。いまの時代、誰の耳にとってもその音単体が新しいサウンドになることはもはやないと思うんですが、それが作品になって効果音・映像・役者さんの演技が交わることで、圧倒的な個性に変質する事があると感じています。

備:最終的は耳から聴くものであって、いかに珍しいことをやったかというのは、本来視聴者からすれば興味のない話なのかもしれません。でも、作曲家の新しい表現手法を生みだすという観点で、いろんなトライ&エラーをしていいんじゃないかなと。台所で色んな素材を録るのもよし、iPhoneで環境音を録るでもよし。本当にいろんな入口があると思います。

横山:リモートを入口として始まった話が、ここに辿り着くのは面白いですね。いまの音楽に、なにかイノベーティブなことがあるかと言われれば、あまりないと言える状況だからこそ、誰かのちょっとしたトライの積み重ねが世界を変えていくと思っていて。それがあるとき突然面白く爆発するかもしれないから、日々ちょっとずつ作ってちょっとずつ変えていくことが大事なんですよね。

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