リモートレコーディングが日本で浸透するために必要なものは? 横山克×太田雅友に聞く

横山克×太田雅友“リモートレコーディング”対談

 ももいろクローバーZやイヤホンズへの楽曲提供者でもあり、アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』『Fate/Apocrypha』、映画『ちはやふる』『弱虫ペダル』、朝ドラ『わろてんか』やドラマ『最愛』 など、数々の作品で劇伴を担当する音楽家・横山克による、リモートレコーディングの重要性や日本のレコーディング環境の課題について語っていく短期連載「Remote Recording Guide」。

 初回は景山将太と橋口佳奈の2人をゲストに迎えた“リモートでのレコーディング・オーケストレーション”について話してもらったが、第2回のゲストには太田雅友が登場。太田はSCREENmodeとしてアーティスト活動をしながら、音楽作家としても数多くのアーティスト・アニメに楽曲提供を行い、株式会社FirstCallMusicの代表として複数のスタジオを所有。コロナ禍では真っ先にリモートレコーディングに向き合ってきたほか、最近ではDolby Atmos対応のレコーディング/ミックス・スタジオ「StudioVibes」をオープンさせるなど、日本のレコーディング環境の課題に取り組む一人として、横山と語り合ってもらった。(編集部)

“リアルでスタジオに行けてしまう”日本&東京の音楽業界が抱える課題

――横山さんは海外でのレコーディングを経てリモートレコーディングへの意識が変わったとお話されていましたが、太田さんはどうでしょう。

太田:リモートレコーディングに興味はあったんですけど、試してみる機会がなかったんですよ。だから新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、一度やってみるかという感じでした。

――遡っていくと、2020年5月くらいに「リモートレコーディングの仕組みがモバイル回線レベルである程度使えるようになった」ということをTwitterでも呟かれているので、このあたりから本格的に整いはじめたとは思うんですが、3月〜4月くらいからの間にどういうことを試行錯誤していったのでしょうか。

太田:まず、リモートレコーディングは「録音する側がリモート」か「録音する側はスタジオにいてディレクションする人がリモート」なのかの2パターンがあると思うんですよ。2020年2月くらいからレコーディングがどんどん中止になっていったんですが、弊社で引き受けていた制作案件で「スケジュール的に止めたらまずい」というものがあり、一部リモートという選択肢になったんです。そこで、演者の方にはスタジオに来てもらいますが、ディレクターなどを全部リモートにまわすところから始まりました。

(画像提供=太田雅友)
リモートレコーディング風景(画像提供=太田雅友)

――歌ものとなると、また劇伴とは違う障壁がありますよね。

太田:仮にグループもののキャラソンとかを自宅等でリモートレコーディングしてもらう場合、マイクもプリも全部違って部屋の響きも違うので、うまく混ざらないんですよね。なので、スタジオの人員は演者さんとエンジニアとリモート環境を立ち上げるためのスタッフだけに制限し、人の導線も区分けして、可能な限り非対面となるスタジオ環境を構築してレコーディングを行いました。システムとしてはCubaseをProTools用のMacとは別のPCに立ち上げて、ProToolsと連動させてリモート側の制御をかけるという方法を選択しました。ProTools側にプラグインを仕込んだり、ProToolsが入ってるMac内部で戻して別のアプリで受ける、という方法もありますが、それは分かってるエンジニアしか操作出来ません。うちの場合だと特に専属のエンジニアがいないので、エンジニアAさんはいじれるけどBさんはまったく触れない、となっちゃうとまずいんですね。

 また、安定性を考えると既存のProTools環境には全く影響が及ばない仕組みでリモートレコーディングを行いたいという考えもあり、リモートの制御はCubaseの世界だけで完結して、ProToolsはProToolsで今までのやり方でできる、という風にするのがうちのやり方ではあります。もちろんプラグインを使ってProToolsだけでやるのも全然ありだと思います。

――いろんな利便性とか個人差とかスタジオの性質とかいろんなものを考慮して、一番早いかつ簡潔な方法にしたと。

太田:そうですね。いまでも「リモートレコーディングってちょっと面倒くさいんだよね」というエンジニアさんも実際いるから、ProTools側でなにか仕込んでやってもらうというのは、やはりハードルが高いのかなとは思います。うちの仕組みだとエンジニア側に操作がないので、そのあたりの障壁はクリアできるんです。

(画像提供=太田雅友)
複雑な操作を必要としない仕組みづくり(画像提供=太田雅友)

――キャリア含めて個人差がある中でそれをどう埋めるか、というのがリモートレコーディングの課題ですね。複数人が使うとなると、環境を作る人がそういう前提で設計できてるかどうかが大きいと。

横山:こちらもほとんど同じことも考えていて、実験したんですよ。僕らは外のエンジニアさんを呼ぶことはあまりないんですけど。なにか曲を作ったり録りものをするマシンでループバックを仕込んでやったら、やっぱりぐちゃぐちゃになっちゃって。

太田:自分でやっててもわかんなくなるよね(笑)。

横山:「このOUTのこことここさえもらえればオッケーです」みたいなのをやったらすごくシンプルになったし、頭の整理がつくようになりました。弊社のスタジオも常時ストリームを担当しているサーバーマシンがあって、それに流してさえおけば、すぐストリームできますよ、としています。「制作環境と切り離す」「複雑にしない」「使ってることを意識させない」を自分のスタジオで模索して研究して作ったのが最初の段階でした。

(画像提供=太田雅友)
モバイルWi-Fiの回線でも安定させられるようになった(画像提供=太田雅友)

――通信速度の部分で最適化するというのは、どういう形で詰めていったんでしょう。

太田:そもそもZoomのアプリ自体が重いんですよね。うまく帯域使わないように制御をかけないと、どんどん帯域やCPUのリソースを喰ってしまう。でも、実際僕が回線の問題よりも速度的な面で問題だと思うのは、みんなの「意識」だと思います。結論、「行った方が早い」と思われることが東京だと非常に多いんですよ。どんなにネットが速くても来れる距離にいるんだったら行くよ、という話になっちゃう。そうするとリモートレコーディング自体を体験する機会が減っていってしまうんですよね。だからこそ、中々普及に繋がらないというのはあるのかなと思います。ただ、そこの意識変革までやるのは大変なので(笑)、実は最近あまりリモートを推していない部分もあります。

横山:この問題が日本で顕著な理由って、東京に一極集中してしまっていることだと思うんです。アメリカだとロサンゼルス、ナッシュビル、ニューヨークなどなど…いくつも業界の中心地があるし、人が分散していることが当たり前。中国も同じで、上海があって北京があって広州があって。ヨーロッパも一緒です。でも、日本は音楽業界のレコーディングはその大半が東京で行われる。これが恐ろしいと思ってて、太田さんが仰ったような「来たら早い」に繋がってしまう。それは良い面もあると思いますが、結果的に自分の居住の自由が失われていくと強く感じてるんです。レーベルのプロデューサーさんや映像の監督さんも「ちょっとライブで地方にいるのでMIXチェックが2週間後になります」となるのはもったいないと思っていて。それをもう少しリモートでできるように環境を整えたかった、というのはあります。東京に集中しすぎているのを崩すとは言わないまでも、選択肢を広げることはしたかった。いま、段々海外のクライアントさんが増えてきているし、その傾向は日本の音楽業界にとってどんどん進んでいくと思いますが、そうなったときにこのような“東京あるある”はおそらく通用しなくなってくると思っていて。

(画像提供=横山克)
リモートレコーディングの様子(画像提供=横山克)

太田:そうですよね。たとえば録音でいうと、リモート側に対してのトークバックの開閉操作が手動で必要になるとエンジニアにとって結構大変だったり、そもそもスタジオの回線によってはキューボックスにリモート側から入れないということがあったりしますし、リモート側の人もパソコンの操作が必要であったり、なにかの拍子にハウリングが起きたり、音が途切れたりなどの経験をしてしまうと「リモート面倒くさいしスタジオ行くよ」となってしまうのは仕方ないかと思いますね。

 そこでうちのスタジオではトークバックのゲートも自動で開け閉めして、キューボックスにリモート側からも入れて、RECしていないときは演者もリモート側操作無しで直接会話できる仕組みで、リアルとリモートが同じ感覚で作業できるような環境を構築していますので、体験されたクライアントからは「もう全部これで良いんじゃないか」という声を頂いております(笑)

 その一方で、リモートは頻繁にハウるなどの煩わしい体験をしている音楽業界の人も非常に多いと思うので、リアルでスタジオに行けてしまう東京の音楽業界に浸透するにはもう少し時間がかかるのかもしれません。スマートフォンと同じというか、それが当たり前になればみんな便利なものとして受け入れると思うんですが、ある程度までは「ガラケーでいいや」という人が居続けるのに似ている。

横山:それは分かりやすくて面白い例えですね。たしかにそういう時期に差し掛かっているかもしれません。うちのスタジオや太田さんのスタジオは最適化されてるからいいんですけど、それが東京の大きなスタジオでできると良いんだろうなと思ったり。

太田:まあいろいろありますよね。Dolby Atmosも同じようなもので、まだ「ステレオでできてるからいいじゃん」と言われることも多いから。

――新しい技術とは、得てしてそういうものですよね……。

太田:たしかに(笑)。ハイレゾが出始めたのは2000年代初頭ですけど、いろんなオーディオ機器のメーカーとかがハイレゾ対応しはじめて、高性能なイヤホンが流行ったりしたのはもっと後だったので、やはり10年くらいはかかるんでしょうね。

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