世界のリモートレコーディング事情と、そこから浮かび上がる日本の特異性 横山克×備耕庸が語り合う
ももいろクローバーZやイヤホンズへの楽曲提供者でもあり、アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』『Fate/Apocrypha』、映画『ちはやふる』『弱虫ペダル』、朝ドラ『わろてんか』やドラマ『最愛』 など、数々の作品で劇伴を担当する音楽家・横山克による、リモートレコーディングの重要性や日本のレコーディング環境の課題について語っていく短期連載「Remote Recording Guide」。
初回は景山将太と橋口佳奈の2人をゲストに迎えた“リモートでのレコーディング・オーケストレーション”を、第2回は太田雅友とともに“リモートレコーディングが日本で浸透するために必要なもの”について語ってきた。今回はL.A.在住の作曲家エージェントで、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』やゲーム『バイオハザードヴィレッジ』などの音楽を手掛けた備耕庸をゲストに、海外のリモートレコーディングに関するここ数年の動きや背景事情について、大いに語ってもらった。(編集部)
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「日本のレコーディングが特殊なことに改めて気がついた」
――まずはおふたりの関係性を改めて教えていただけますか?
横山:はじめてお会いさせていただいたのは多分7〜8年前くらいです。『ブブキ・ブランキ』というアニメ作品のMixをL.A.でやらせていただいたのですが、備さんにはそのミキシングをコーディネートしていただきました。
備:そうですね。サンタモニカにあるハンス・ジマーが作ったRemote Controlという音楽制作スタジオにて、ダニエル・クレスコとミックスを行いました。彼はオスカー賞作曲家賞を受賞した『ジョーカー』の劇伴ミックスも手掛けているエンジニアで、横山さんの他の作品でもご一緒させていただいております。
――今回、横山さんがこの連載でリモートレコーディングを掘り下げていくうえで、備さんにお話を伺うことが最適解だという風に思った理由はなんでしょう?
横山:そもそも、リモートレコーディングというもの自体、“なんでもないもの”なんですよ。ここまでリモートレコーディングの連載をやっておいて、なんですが、別に普通のレコーディングをネットワーク越しにやっているにすぎないんです。ただ、僕は日本の作曲家が日本でしかレコーディングをしないということは、あまりにももったいないと思っているんです。それは日本だからとかではなく、どの国でも同じです。
たとえば、L.A.のコンポーザーがL.A.でしか録音しなかったらもったいないと思うし、イタリアのコンポーザーがイタリアでしかやらなかったら、それももったいない。作る音楽のスタイルによって適したミュージシャンがいるはずなので、様々な方を選択肢に入れるべきだと思うんです。わかりやすい例えとして、フラメンコの録音をするときにスペインのミュージシャンじゃなかったら、それはやっぱりある意味“本物”から遠くなってしまうわけですが、リモートレコーディングがあることでアクセスするハードルが下がりますよね。
備さんはミュージシャンのコーディネートもミキシングのコーディネートもされている、そして技術や作曲家側と思われる知識に対しても詳しい。リモートにも共通することなんですが、技術に詳しくなることによって、生活や職業、選択肢が増えると思っていて。リモートレコーディングという技術自体は大したものではないですが、それを組み合わせるといろんなことができる。その最たる例が備さんで、だからこそ、リモートに限ったものではなく、いろんな話を是非お聞きしたいと思いました。
備:ありがとうございます。まずは僕が何をしている人なのか、簡単に話したほうがいいかもしれません。いまやっている活動は大きく分けて4つあります。
1つ目は、ハリウッド映画音楽エージェンシーSoundtrack Music Associatesで作曲家とミュージックスーパーバイザーをご紹介させて頂いております。約60名の作曲家が所属しており、年間に約300作品の映画、ドラマ、ゲームなどに携わらせて頂いております。
2つ目は、海外の作曲家やアーティストと日本のプロジェクトの音楽制作です。カリフォルアの法律上、エージェントという立場で制作に参加するのは御法度なので、上記のエージェンシーに所属する作曲家に音楽制作の依頼を頂いた際に、制作面でもお力になれるようにと別途法人を構えたのがきっかけです。海外の音楽スタイルを求められる作品でご相談を頂くことが多く、『バイオハザード』やNHK大河ドラマ『麒麟がくる』などの音楽制作に参加させていただいています。楽曲制作監修や音楽演出・音楽プロデュース以外に、日本のプロジェクトの海外演奏収録やミックスのコーディネートや音楽制作ツールの開発なども行っております。
3つ目は、日本の作曲家やアーティストと中国のプロジェクトの音楽制作です。十数年くらい中国とやりとりをするなかで、日本の作曲家が海外で活動できるきっかけを作る一助になればという思いで始めました。
最後の4つ目は、ゲームの音響演出を現実世界に転用する活動です。ゲームプロジェクトで得たノウハウを活かして、ドイツの自動車メーカーや都市開発系プロジェクトに参加しております。
――ありがとうございます。改めて本当に多角的な活動されていると思いますし、横山さんがこの連載を通じて伝えたかったことが、備さんの活動にすべて通じていくというのは面白いですね。
横山:僕は日本のコンポーザーだから、東京でレコーディングをする機会には恵まれていましたが、リモートを通じて海外のレコーディングをはじめてしたときに面食らったんですよね。まったく上手くいかなくて。この連載でも話しましたが、自分の曲が日本のミュージシャンじゃないと弾けない音楽だったから。それに気付いたときから、自分の曲の作り方がかなり大きく変わったんですが、いま思えば、日本のレコーディングが特殊なことに改めて気がついたんです。
でも、その逆パターンというか、IMPACT SOUNDWORKSから「日本で東京の音をキャプチャーして、日本のスタジオにアクセスできないコンポーザーが使えるようにしたいんだ」と言われ『TOKYO SCORING STRINGS』という音源を作ることになりました。この音源をキッカケに興味をもってもらい、リモートレコーディングでいろんな国から日本のスタジオやコンポーザー、演奏家に仕事がくるようになることが当たり前の世の中になれば面白いなと。優れている点も沢山あるんです。これは僕も備さんもそういう認識だと思うのですが、日本は独特な資源が多い一方で、スタジオ、エンジニア、ミュージシャンとのルールやコミュニケーションがネックになることがあると感じます。
――日本の、東京の中だけで使うことしか想定されていないというところは将来的にはネックになってくるかもしれない。
備:東京のスタジオは東京の人々が作ってきたコミュニティの中で使われる前提に運営されている印象です。
横山:インペグ(インスペクター。レコーディングのためにミュージシャンを斡旋・アサインするコーディネイターのこと)の役割が日本と海外では少し違うなと思っていて。海外の場合、もろもろの手配をインペグさんがかなりがっちりコントロールしているように見えるんですけど、その認識は間違ってないですか?
備:インペグ屋さんのことを海外ではコントラクターと言いますが、レコーディングの際は収録一式の手配をお願いするパターンが多いです。欧米や日本の劇伴収録をソフィアやブダペストなどの東ヨーロッパにてレコーディングを頻繁に行うようになったのは「一元管理化」のビジネスモデルが発明されたこと、英語で対応できるようになったことが大きいと思います。
東ヨーロッパ収録の場合、基本的にコントラクターに連絡すると、スタジオやエンジニア、ミュージシャンの手配、写譜関連、場合によってはそのオーケストレーションまで全てやってくれる。ヨーロッパでのレコーディングが大きく広がったのは、このようにワンストップで進められる仕組みが大きく支持されたからだと思います。
ちなみにアメリカやイギリスでの収録の場合、コントラクターはミュージシャンの手配のみ行います。写譜やオーケストレーションは作曲家チーム内で行うのが習慣で、スタジオやエンジニアは作曲家が直接ブッキングをするのが一般的ですね。
横山:日本のインペグ屋さんも、お願いすればスタジオの手配などもやって頂けますが、リモートでのコミュニケーションなど含めてシステム化されていないことで、それぞれを個別に探さなければならないと感じます。ヨーロッパでのレコーディングは、一元化されているうえにリモートのセットアップがベーシックについてくるというのも大きいですね。日本も早くそうなればいいのにと思っているんですが。
備:第一回の記事で横山さんが仰られているように、世界各国に個性的なミュージシャンがいるので、曲に一番合ったミュージシャンと一緒に収録するのが理想かと。でも収録に立ち会うとなると、旅費がかかってしまうし、遠方の国だと収録の前後の4日間くらいは移動と時差ボケで失ってしまう。そこでリモートレコーディングを活用すれば、費用と時間を節約しつつ収録を実現することができます。
スタジオ側も、リモートができることによって海外からの依頼が増えるので普及が進みました。東ヨーロッパでの収録は、アメリカで収録するよりも圧倒的に安いので活用されています。