2020年代のボカロ文化は“一周”したが故の多様さを持つ――『プロセカ』『ボカコレ』運営と“初音ミク生みの親”が語り合う
作品を増やす『ボカコレ』とリスナーを増やす『プロセカ』
ーー激しくなっている競争の背景には、ボカロ曲をつくるハードルが下がっていること、ボカロに興味を持つクリエイターさんが増えていることなどがあるかと思います。そんななか、ドワンゴさんは、『ボカコレ』というイベントをどういった思いで開催しているのでしょうか?
栗田:『ボカコレ』はニコニコにとって、UGCプラットフォームとしての原点回帰の一つかなと捉えています。YouTubeは強い人がより強くなるメディアになっているので、新人がゼロからボカロPとしてのし上がるのは相当難しい。ニコニコ発で有名になった人はたくさんいますが、彼らは全員、最初は無名だったわけです。ニコニコが無名の人でも有名になれるインディーズであり続けるためには、絶えずメジャーにスターを輩出していく必要がある。
スターとまでいかなくとも、無名な人にも「投稿してみたら見てもらえた」「コメントをもらえた」という成功体験がもたらされる場は必要だなと思っていて。新人投稿者がニコニコで発掘されて、メジャーな存在になっていく、そういうことをやりたいなと思ったのがきっかけではあります。
では、なぜそれがボカロだったのかというと、まずボカロ曲は1人でつくることができる。また一次創作であるがゆえに、裾野が圧倒的に広い。一曲のボカロ曲から、歌ってみた、踊ってみた、演奏してみた、MMD……1人がつくれるものが、そこまでの広がりを見せるのってすごいことだと思うんですよ。
加えてニコニコには、良質なボカロリスナーがまだまだ集まってくれている。みんなの中で、「ボカロのふるさとはニコニコだよね」という共通認識があったことも大きいです。
近藤:僕は『ボカコレ』に対して、自分たちにまだできていないことをやってくださっているというリスペクトの気持ちを勝手に抱いていましたが、こうしてお話をうかがっていると、『プロセカ』も『ボカコレ』も、目指す地点は少し似ているんじゃないかなと思います。
『プロセカ』は、まずボカロ曲を聴いてもらうことに重きを置いて走り始めたプロジェクトでした。現在月間300万人以上のアクティブユーザーがいて、その約6割が10代です。新旧のボカロ曲を聴いてもらって、「こんな曲があったんだ」という発見が「このクリエイターさんが好きだな」という興味につながって、ほかの曲も聴いてみる、という流れは生み出せているんじゃないかなと思います。
一方で、曲をつくってくれるクリエイターも増やしていかないと、灯はいつか消えてしまうだろうなという感覚を持っていて。ボーカロイド界隈の初期からずっと見ていた身としては、カルチャーの灯が少し弱くなってしまった時期も、そこから感じる寂しさのようなものも知っています。『プロセカ』がせっかくここまで大きくなったのであれば、その灯を絶やさないよう貢献していきたいなと思っています。
ーー『ボカコレ』を追っている層と、『プロセカ』をプレイしてる層は交わっているのでしょうか?
栗田:交わっている部分と交わっていない部分があるとは思います。いままでYouTubeだけに投稿してくれていた方が、ボカコレをきっかけにニコニコ動画にも投稿してくれるようになったケースもありますし、僕が見ていても10代のボカロPさんはすごく増えている。『プロセカ』から入った方も、『ボカコレ』を見に来てくださっているんじゃないかなとは思います。
2020年代の話にもつながりますが、こちらは2013年から2021年の各年で年内にニコニコで伝説入り=100万再生を果たした動画のまとめです。これを見ると、2021年は12本と最も多く、その前のピークは2013年の11本なんですが、当時はほとんど、じんさんの作品が占めているわけで。一方2021年は、すべて違う方の作品なんですよ。そうした点から、やはり全体的な盛り上がりを実感しています。
ミリオン作品で言うと、「トンデモワンダーズ(作詞・作曲:sasakure.UK)」や「群青讃歌(作詞・作曲:Eve)」「ロウワー(作詞・作曲:ぬゆり)」などがありますが、これらはすべて『プロセカ』に向けて書き下ろされたり、収録されている曲たちです。いきなりミリオンが増えている点も、これまでニコニコ動画を見ていなかった層に訪れていただいていることのあらわれじゃないかと思います。
ーー『プロセカ』では、昔のボカロ曲が再度注目される現象が定期的に生まれています。そのあたりのユーザー体験は、意識された部分もあるのでしょうか?
近藤:単純に良い曲はいつまで経っても良い曲だということでもあると思いますが、あとは新しいボカロファンだけではなく20代や30代のファンにとって思い入れの強い曲も入れることが、一番多くのユーザーさんに楽しんでいただくことにつながるとは思っていました。結果として、ボカロ曲を再評価するようなきっかけを生み出せているのだとすればありがたいです。一度ボカロから離れたクリエイターさんも、そうした盛り上がりを見て「また書いてもいいか」と思っていただけていたら嬉しいですね。
佐々木:ボカロシーンって、“興味のある人が気軽に参加しにくかった”時期もあると思うんですよね。良い曲がたくさんあって、好きな人たちがいっぱいいるのもわかってるんだけど、どう入って行けばいいかわからない。お気に入りの曲もあるけど、その作家ファンのコミュニティに入って行こうとすると、すでに語られ尽くしていて、これに対して自分がどう乗っていったらいいかわからないとか。
そういう所に対して、『プロセカ』は一つの大きな入口として、ものすごく重要な機能を果たしたと思うんです。『ボカコレ』がやろうとしている、「改めてボカロシーンをつくっていきましょう」みたいな所も、文化として一周したうえで、みなさんが経験をもとに知恵を出して、いろんなことをされようとしている段階ならではなのかなと。