9秒の動画しか撮れない“異端のカメラ”はなぜ生まれた? 制作者が語る「SNS消費社会への危機感」

9秒しか撮れない“異端のカメラ”誕生の理由

 『kyu camera』というカメラをご存じだろうか。

 そのカメラで撮れるのは、1日に27回まで。そして一度に撮影できる時間は、最大で9秒。つまり、1日に4分と3秒しか撮影できない。

 スマートフォンに慣れ親しんだ現代人からすれば「なぜこんな不便なカメラを?」と感じるだろう。その気になれば、一度の音楽ライブや、友人と食事をする様子、あるいは自分の一日をまるっと記録することも出来る時代に、なぜ「9秒」しか撮れないカメラが生まれたのだろうか。

 『kyu camera』の開発を手がけたイメージングブランド「kyu」は、株式会社TranSeの代表取締役・安藤伊織と同社の共同創業者兼取締役であり動画クリエイターの大川優介によって設立されたブランド。今回は実際に彼らに取材をおこなった内容から、いま『kyu camera』が作られた背景や、そこから見える現代社会の課題に迫っていきたい。

 『kyu camera』の構想が持ち上がったのは約4年前のこと。そこから紆余曲折を経て「kyu」はイメージングブランドとして、カメラアクセサリーやカメラバッグの制作・販売をスタートしたが、当初から「カメラを作る」ことは目標のひとつであったという。

 ただし、目指したのはハイエンドなカメラではなく、動画の持つ魅力の“原点”に立ち返ったカメラだった。その原点とは「自分たちの人生や思い出を“雰囲気も含めて残すことができる”」というものだ。

 とはいえ、SNSに動画をアップするとなると、ある程度のクオリティがなければ進んで投稿しようとはならないし、一定の品質を守ろうと思うと「多くの素材を撮る」「上手に編集する」という2つが必要になる。つまりは「オープンなSNS」という時点で、心理的なハードルが年々高くなっていっているわけだ。

 さらにいえば、ここ数年のSNSは誹謗中傷が増えたり、過激な投稿がインプレッションやフォロワーを集めるようになるなど、筆者としては年を重ねるごとにプライベートを公開する空間としては適さない場所へと変化しているように思える。だからこそ、彼らは「簡単に撮れて、簡単に編集できて、SNSで消費しない思い出」を作るためのカメラと、それを残すためのソフトの両方を同時に開発したのだろうか。その点についてkyu側に聞いてみると、下記のような回答を得ることができた。

「テクノロジーが進化して、写真や動画を手軽に残すことに対してコストがかからなくなっていると思うんですが、それがある種ファストファッション化してしまっているという懸念があります。とにかく撮って撮って撮りまくって、そのデータを消すのは忍びないからクラウドストレージに課金する、というのがまさにその一例です。

 もちろん、デジタルで残すというのはすごく効率的ですが、それだけだと本当に良い思い出というものが残せないですし、デジタルに依りすぎてしまった結果、人間本来の感情は考慮されなくなっているとも感じています。これはある意味で『効率化の末路』だと考え、私たちはその中間の適度な距離感で思い出を残すためのプロダクトとデバイスを作るため、カメラとアプリの開発に着手しました」

 そのうえで気になったのは「1日に27回まで、“9秒”の動画を残せる」という仕様だ。「27」と「9」という数字には、それぞれどんな意味があるのだろうか。あらためてkyuに聞いてみると、それぞれ根拠があって設定した回数・秒数であることがわかった。

 まずは「9秒」という撮影時間について。彼らが様々な動画を作る中で感じたのは「素材のほどんどが10秒未満である」こと。さらについつい長く録画を回しがちな現代人にとって「終わりのタイミングを決める」ことでハードルが下がるということだった。そのうえでさまざまな秒数をテストし、撮影後にUSB Type-Cで転送をする際にストレスのないデータ量、ファイル数を考えたとき、27回という回数が適切だと判断したのだとか。

 本体は卵型&素材はアルミの削り出しで、撮影中は残りの秒数をレンズの周りにある円形のライトで知らせるなど、かなり独創的なものだ。手がけたのは『Canon EOS R』などを手がけた元キヤノンのデザイナー・松浦泰明氏。kyuがテーマとして掲げた「思い立ったらすぐに撮れる“即写性”と“携帯性”」をもとに考え抜き、撮る側と撮られる側のコミュニケーションも重要視した結果、現在の形状に至ったという。

 彼らの話を聞いたうえで、筆者はあるアプリを思い浮かべていた。それはZ世代を中心に大流行している『BeReal.』だ。『BeReal.』は通知が来てから2分以内にインカメラとアウトカメラでそれぞれ撮影した写真を投稿するサービスで、いつ撮影するかわからないことによって“盛り”や“映え”といった概念から遠ざかることができるうえ、使用者もほとんどがリアルな友人関係のみに共有するだけという半クローズドなSNSとして機能している。

 このことについてkyu側に聞いてみると「『いいね』『再生数』『フォロワー数』といった外的評価によって“本当の自分”がねじ曲げられてしまう経験を感じている人は多いと思います。私たちもそれらを本来自分のあるべき姿に戻す、という視点を持つべきだと思っているため、『BeReal.』のスタンスには100%共感していますし、自分たちでも使っていました」という回答が得られた。そのうえで『kyu』のアプリケーションは「それとはまた違った、新しい思い出の残し方を再定義するためのもの」だという。

 kyuは現在のSNSについて「人間本来の思い出の残し方として行き過ぎてしまっている」と捉えているようだが、一方で「SNSすべてを否定する気はなく『こういう思い出の残し方もあるんだよ』と伝えることで、受け取った人たちが『自分らしさ』や『大切な思い出』を残しながら適度にほかのSNSにも触れる」ことを主張した。筆者もまさに、今の時代に大切なのは両極端な考え方でなく、各自が自分にとって“適切な距離感”を把握し、テクノロジーやガジェットをうまく使いこなしながら、同時にそれらに“使われない”ことだと考える。

 『kyu camera』を最初に知ったとき、筆者は「あえて時代に逆行した」ものに見えた。しかし実際に話を聞けば聞くほど「時代と適切に付き合う」ためのモノだと認識を改めた。先行購入は12月19日まで実施しているようなので、筆者のように彼らの考え方・理念に共感したのであれば、ぜひ購入を検討してみては。

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『kyu camera』

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