リモートレコーディングが日本で浸透するために必要なものは? 横山克×太田雅友に聞く

横山克×太田雅友“リモートレコーディング”対談

浸透するまでの数年間は、使う人間の進化を待つために必要か?

――2020年がイレギュラーすぎたというか、本当は10年かかるものを1年で導入を余儀なくされた環境になっただけで。それぞれのやり方はあるにせよ、地道に続けることで意識改革には繋がっていくかもしれない。

横山:そういう意味だと、僕らはリモートの回線を大箱の回線に持ち込む、ということをよくやるんですね。スタジオに行って、ミュージシャンとのコミュニケーションを窓越しに見るのは一般的ですが、劇伴とかで何人も呼んだりするとそんなにちゃんとは見えないので、カメラ経由で見たりするんです。だったらZoomのカメラ経由でいいじゃんと思いはじめて。太田さんは日本のスタジオにリモートのセットアップ持ち込んだりすることとかはありますか?

太田:何回かやってる。そんなに頻繁ではないけど。

(画像提供=横山克)
スタジオにリモートレコーディングを持ち込んだ際の様子(画像提供=横山克)

横山:僕らはコロナ前からやってたんですけど、最初のころは「面倒くさいな」と結構嫌な顔をされたんですよ。それを一番やってきたのが弊社の濱田なんですが、コロナ前とコロナあとでどういう風にスタジオの人が変わったか、教えてもらってもいいですか?

濱田:コロナ前だと「本当にやる必要ないよね」というを顔されたことは何度もあって。こちらもあまり慣れてなかったぶん、簡易化されたシステムを組めていなかったので、嫌な顔されるしうまくいかないし時間も押しちゃうし、ということがありました。コロナ後はスタジオ側もどんどん前向きになって「もっとこうするといいですよ」という提案を逆にしてくださるようになって。大きかったものでいうと、ミキサーの導入ですね。コントロールルームのエンジニアさんの声やディレクションする横山さんの声のトークバックが音楽に比べて小さくなる問題が結構多くて、聴く側のスピーカーを上げ下げしなければいけないということがあったのですが、そういうときにミキサーを使うだけでバランスがとりやすくなりますよと。それを取り込んで簡易化して、20分くらいあればもう組めるようになりました。いまは特によく行くスタジオの方だと「これですね」と向こうから出してくれるくらい前向きで。

(画像提供=横山克)
自宅環境から参加している作曲家(画像提供=横山克)

横山:まあ、ミキサーを入れましょうなんて本当に基礎中の基礎なのですが、前回のオーケストラ・リモートレコーディングのときもそうでしたが、結局はそういったアナログ的、基礎に戻った部分にこそ重要なポイントがあるのだと、改めて思いました。最初の話にも繋がるんですけど、トークバックがどうのこうのというのも、リモートというシステム自体がスタジオのセットアップから切り離されていることが大事かなと思いました。

 あと、作曲家側からするとZoom経由の方がカメラの台数が増やせるんですよ。みんなが持ってるiPhoneをカメラ化すれば、かなりいろんな角度でミュージシャンをキャプチャできるので、非常にレコーディングがしやすい。

 ほかにも、スタジオだとエンジニアさん側のモニターバランスで聴くので、音量が超でかい人とか小さい人とかがいるじゃないですか。やはりそれはレコーディングエンジニアさんがやりやすい音量でやるべきなので、こちら側から口出しすべきではないと思いつつ、こっちが聴きやすい音量もあって。大きすぎると単純に気分がよくなるだけになって危ないと思っているので、なるべく適正な音量で冷静に判断できるようにしたくて。そういった自分にとってのチューニングも、リモートの方が僕にとっては実はやりやすくて。逆にスタジオに行かないという選択肢の方が冷静にジャッジができる、という事実はあります。

太田:それはすごくわかる。家のスピーカーで聴けるのは大きいよね。

(画像提供=横山克)
自身のスタジオのスピーカーでモニターチェック(画像提供=横山克)

――自分が一番頼っている、信頼しているモニタースピーカーで聴けることでスタジオ特性のバイアスがかからない、というのはたしかにありそうです。あとは、業界全体にこの流れが広がるために、横山さんや太田さんが自分たちのノウハウを業界全体にシェアしていく、というのは一つの近道としてあると思います。それぞれほかのスタジオや作家さんからシェアしてほしい、という声はあるのでしょうか。

横山:僕らの場合は、サウンド・シティの方が結構興味を持ってくださって。どういうことをスタジオとしてやればいいのか、というのを質問して頂いた事がありました。音響制作会社の方とも研究会みたいなことをしたりして、意欲的な方は意欲的です。

太田:素晴らしいお話ですね。個人的に「うちはこういうやり方してますよ」というのをアピールしすぎるのは、おこがましいのかなという感覚があったので、特になにも啓蒙活動はしていないんですが、今回の取材のような機会をきっかけに広がれば良いなと思っております。

ーーお互い、できることからやっていこう、という感じですね。

横山:できることという意味だと、カルテットですらスタジオに集まるのは厳しい時期があったじゃないですか。あのときに1st、2nd、ビオラ、チェロを全部バラバラに録ったことあるんですが、そこで問題になったのはすごくアナログなことで、カルテットの中でのメンバー同士のバランスがとれなかった……まあ当たり前の話なんですが(笑)。ひとりひとりが与えられたスコアを弾いているだけではなくて、みんなでお互いに目と耳でお互いの音量を調整しあってアンサンブルしているわけなので、そのアンサンブルの要素がリモートレコーディングによって欠けてしまったので、ミックスがすごく大変でした。でも、リモートは歌モノのミックスチェックは向いてますよね。スタジオにいたときと同じ音質で聴けて、Zoomで発言すれば特にフィードバックの問題も大して起こらないので、できるジャンル、できることから少しずつやっていくのは大事なのかなと。

ーーありがとうございます。今回のゲストである太田さんから横山さんへ聞いておきたいことはありますか?

太田:リモートでどうのこうのとなると、スピーカーとキーボードを持ってくのが大変じゃないですか。横山くんのほうで、それを解決するソリューションは持ってないんですか。

横山:自分がどこかに行くときは、iLoud MTMを持ち運ぶのがいいなと思っています。

太田:運ぶの大変じゃない?

横山:でもスピーカーとキーボードだけですよね。逆に言うとスピーカーとキーボードを解決するソリューションさえあれば、より作家という側面の人は自由だなと思います。キーボードはふたつ折りにできるものがありますし。個人的に折りたたみ鍵盤はもっと出てほしいと思っています。スピーカーはかなりいいとこまでいってると感じますが、まだまだ軽くできるのではと期待していますね。あと、モニターに関しては自分の耳がAir Pods Proに慣れたことが大きいです。

太田:Air Pods Proいいよね。俺も好き。

横山:Air Pods Proだけで曲を作ったりとか、全然やってますね。太田さんはDolby Atmos対応のレコーディング/ミックス・スタジオ「StudioVibes」を昨年オープンして、Dolby Atmosで空間オーディオを制作できる環境を組んでいますが、Air Pods Maxとの比較などはしてみましたか?

太田:Air Pods Maxで聴くとかなり違うけど、意外とAir Pods Proも音は良いなと思いましたね。少し話が変わりますが、人間の知覚能力は経験によってある程度向上するという研究結果があるらしくて、ヘッドホンによるバイノーラル再生に慣れることによって前後とか上下がどんどんわかるようになるらしいんですよ。1960年代にモノラルからステレオになった当時も違和感をおぼえる人が多かったらしいんだけど、いまじゃステレオは当たり前みたいなのと同じで、空間オーディオが当たり前になるかもしれません。

 また、Dolby Atmosはめちゃめちゃ平たく言うと128chのオーディオファイルになっていて、その中の118chが1トラックずつにバーチャル空間上のXYZの軸情報を持っていて、空間情報も含めて再生機器でレンダリングする仕組みなのですが、Air Podsのような小型のデバイスでも内部でその処理をやってるそうです。このためiOSのバージョンが変わると音がちょっと変わったりもしているんだけど、今後Appleのレンダリングエンジンもバージョンアップして、よりリアルに聴けるようになってくる可能性もありまだまだ進化していくと思いますよ。

横山:その話面白いですね。最初はAir Pods Proで曲作るなんて信じられなかったんですけど、Air Pods Proに慣れてきた自分がいるんですよね。スタジオではもちろんいいものを使うけども、そうじゃない環境であっても今や全然なんでもいいよみたいになってきたりもしたし。Dolby Atmosも結局聴く側が進化してくる、というのはかなり面白い話だと感じます。リモートも結局慣れる慣れないの話だし、Dolby Atmosもそうでしょうし。いま話していて、浸透するまでの数年間というのは、使う人の進化を待つための時間なのかと思ったりしました。

太田:やっぱりね、ガンダムなんですよ横山さん。東京の引力にひかれてる人たちが、ニュータイプへの覚醒が求められるんですよ。

横山:ガンダム(笑)。

(画像提供=横山克)
(画像提供=横山克)

――改めて人間という生き物は面白いなと思ったという壮大な話になりましたが(笑)、2020年に環境が強制的に変化して適応せざるを得なかったけど、基本的には対応して苦境を乗り越え、その環境に適した形に変化・進化していくというのはこの話にも共通するので、すごく面白いなと思いました。イマーシブの音楽が当たり前になってくる世代の登場というのも、そう考えると楽しみですね。それが全部当たり前になってきたとき、音楽家はどう変わっていくんだろうみたいなのも改めて考えてみたいなと思いました。

太田:そうですね。Dolby Atmosは情報量が非常に多いので、音楽のジャンルによっては、ステレオの時よりも緻密にアレンジされてないと内声までむき出しになる傾向があるので、今後は制作環境や作り方が変わると思います。言ってしまえば「本当の意味のハイレゾ」というか。

横山:おもしろいですよね。ハイレゾの答えはもしかしたらDolby Atmosにあったのかなと思うし。

太田:ハイレゾは良い再生環境で聴いてる人にしか差が分からなかったりするけど、Dolby Atmosはデバイスの普及によっていろんな人が手軽に音質の違いを聞くことができます。Appleもいま新品で販売しているイヤホンは全部対応していて、配信業者もSpotify以外はほぼ対応しているので、今後業界が「空間オーディオやめます、ステレオに戻ります」というのは考えにくい。そうすると次世代、私たちの子どもの世代は空間オーディオが当たり前でスタートするから、20年後になったら「この曲、ステレオしかないんだ……?」みたいな感じにはなると思います。テクノロジーは引き返しませんから。

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