UQiYO&滑川高広が語り合う、アーティスト・エンジニアそれぞれの「空間オーディオ」論

UQiYO&滑川高広「空間オーディオ」論

 今年6月8日からApple Musicで空間オーディオのサービスがスタートし、Amazon Prime VideoやNetflixなど、対応するサービスやオーディオが徐々に増加。先日は空間オーディオに対応した新型AirPodsも発表されるなど、より広がりを見せる「空間オーディオ」。

 空間オーディオ対応楽曲「ソンバー」を8月に発売し、先日同曲を含めたフルアルバム『東源京』をリリースしたUQiYOは、そのテクノロジーをいちはやく取り入れたアーティストだ。そこで、今回はUQiYOのYuqiと同作にエンジニアとして携わった滑川高広氏の対談を実施。アーティストとエンジニア、それぞれの立場から「空間オーディオ」の特性と活用法について語ってもらった。(編集部)

「『とりあえず、前にはいますよ』という音の置き方をやめた」

UQIYO
UQiYO

――まずはアーティストとエンジニア、それぞれの立場から「空間オーディオ」という概念について説明していただければと思います。

滑川:「空間オーディオ」は、いわゆる5.1chや、Dolby Atmosを含めたイマーシブオーディオの総称です。これまで映画館などの特別な場所やラージスピーカーでしか聴けなかったものが、AirPods Proなどを含めたデバイスで手軽に聴けるようになったのが空間オーディオだと思っています。

滑川高広氏
滑川高広氏

――なるほど。Yuqiさんはいかがでしょうか。

Yuqi:音楽は空間と時間を媒体にした芸術だと思っていて、空間をどう鳴らすかという部分や空間の大きさがかなり大事で、音なので絵画と違って時間とともにどんどん変化していくものですよね。ライブは時間と空間の両方を味わえるのですが、イヤホンやヘッドフォンで聴く音楽、つまり空間オーディオになる前のこれまでの音楽は、基本的に時間芸術の要素が強かったんです。ただ、名前の通り空間がオーディオの中にできあがったことで、いままで右と左での中でしか表現ができてなかったところに、前と後ろのY軸と上下のZ軸と次元が二個も増えたんです。なので、僕が何かを表現したいなと思ったときに、表現できる次元が2個増えるというのは、これまでにないくらいキャンパスが広がった、という認識です。

 現在は限られたモデルのイヤホン・ヘッドフォンでしか聴けないのですが、汎用のヘッドホンでみんながそれを味わえるようになったときには、ラジオが普及した時くらいの革命的なトピックになると思っています。

――Yuqiさんは元々音響系の会社に入られていて、スピーカーなどのエンジニアリングに携わられていたんですよね。そのため、音響面での工夫に関しては他の音楽家よりもかなり高い感心や知識があると思いますが。

Yuqi:会社自体は2015年くらいに辞めていて、音楽一本でやってきたんですけど、依然興味は継続していて。Hi-Fi系のオーディオショーなどにも足を運んだり、直近だと一昨年の『SXSW(サウスバイサウスウエスト)』で、BOSEの首振りで定位が変わる眼鏡型スピーカーを見て、面白いと思ったのを覚えています。

 そんななか、昨年Apple TV+で映画を見ていたら、空間オーディオでイヤホンをつけて、首を振っても音が動いて鳴るような体験ができ「ここまできたか」と感動しました。その体験がすごく面白かったので、空間オーディオを前提にしたアルバムをつくろうと思ったんです。ちょうどそのとき、Appleから「Apple Musicに空間オーディオが来ます」というアナウンスがあったので、なおさら空間オーディオでつくらなければ、とやる気になりました。

――そうしてつくった今回の『東源京』は、タイトルを含め、かなりコンセプチュアルな作品になっていますね。

Yuqi:東京という字の間に桃源郷の源を入れて「東源京」というタイトルになっているのですが、これは実在するのかしないのかわからない架空の都市、というイメージで。いま色んな人が感じている葛藤や恐怖、目まぐるしく変わる世界のなかで、アーティストとして社会と少なからず関わらせてもらってる中での表現をしようと思ってつくった作品です。ここ数年は、自分が住んでいるこの場所や山、川といった素敵な土地の持っている魅力やエネルギーを音楽にすることを大切にしていて。それを一番無垢な状態で表現する形態として、アコースティックかつ一番原始的な形で表現できるフォークという形にたどり着きました。また、同時に空間オーディオにも適したものだと気づきました。空間オーディオでリリースしたApple Musicのアーティストも一通り聴いたんですが、アコースティック系が圧倒的によかったので。

――ある種必然的に、空間オーディオでの作品をつくりあげることになったわけですが、今回の表現形態だからこそ難しかった、気をつけたポイントはありますか。

滑川:僕自身、元々空間オーディオに興味があったので、Yuqiさんからお話をいただいて「絶対にやりたい!」と思っていたのですが、それを実現できるスタジオがあまりない、ということに気づいて。JAPRS(一般社団法人 日本音楽スタジオ協会)にいる知人に相談したところ、Dolby AtmosのMIXなどを率先して手掛けている古賀健一さんのスタジオを使わせていただけることになったんです。

Yuqi:そこから、2chの通常版のMIXとマスタリングを僕が先に完成させて、そのパラデータを滑川さんにお渡しして、空間オーディオのMIXをしていただくという流れで制作が進んでいきました。僕も2ch版でつくりつつも、空間オーディオだとここにも音が置けるんだろうなと想定して、ギターも7本くらいいろんな種類のアコースティックギターを借りたりしながら用意して、1曲平均4本以上は入れたりしたんです。ボーカルやコーラス、ストリングスなど、いろんな楽器もただ後ろに響くだけじゃなくて、本当に立体的に配置したくて。そういうのを滑川さんとつくっている最中から、どういう形で出力したら色々やれるかなみたいな相談をしていて。各トラックごとのリバーブも全部別々で出力してほしいとリクエストをいただいたりして、最終的には滑川さんに色々料理していただきました。

滑川:当時空間オーディオとしてすでにリリースされていたものを聴いたとき、単純に後ろだけなんとなくこぼしているような感じになっているものが割とある印象だったんです。その音場の感じは、映画のエンドロールで流れる主題歌を聴いているときの、2chから5.1chに広げてリバーブとかだけちょっとこぼした感覚に近かったです。それならDolby AtmosでMIXしなくても5.1chとか7.1chでできてしまうなと思ったので、そのような形とは違うものをやりたくて、各トラックのリバーブも別々に出力してもらったんです。そこからは、まず2chのMIXを聴きつつ、破綻しないようにパンニングを上や後ろにもズラしてみて広げ方を探ってみたり、プラグインを使って7.1.4chにアップミックスして広がり具合を探ってみたりと、どういう風にDolby AtmosとしてのMIXを広げるかを模索しながらやっていきました。基本的に各楽器に関しては、アップミックスするよりもパンニングした方がDolby Atmos感が出るなと感じました。

――Yuqiさんは実際に2chのMIXを先につくられてそこから空間オーディオ用のものを用意したということですが、滑川さんへパラデータを渡すにあたって、リクエストした要素はありましたか。

Yuqi:まず全体的に「包み込みたい」という感覚がすごくあって。その意味でも「とりあえず、前にはいますよ」という音の置き方をやめたいです、という話はしました。さまざまな方向から音が出ることで、ステージの中に自分がいる、というくらいの感覚になってもらいたくて。曲で言えば「ソンバー」が一番オーソドックスかもしれません。ギターを後ろにもおいて囲む感じにできたらいいなと思ってつくったので。「春夏秋冬」はそれをやりつつ、要所でギターが順番にアルペジオをやって、グリッサンドのようになる感じを意識したのですが、滑川さんには「本当にグルンと回っている感じにして欲しいです」とお願いしました。「蘇州夜曲」はストリングスが途中で入るんですが、ソロのバイオリンを14本くらい全部別々のトラックで録音していて。これを完全に一人ずつ15度くらいずつずらして囲んでもいいし、上に持っていってもいいし、その辺はもうせっかく全部別トラックに入れたので、面白くしてくださいとお任せしたのを覚えています。

 「阿夫利歌」はリズム要素を周りで囲ってる感じにできてもおもしろいかなと思ってつくってみたり、サブのメロディを歌っているコーラスを「後ろで歌ってるようにしたい」とお願いしました。「西へ沈ム」はフィールドレコーディングをしていて、虫や鳥の鳴き声を僕の家のベランダで録ったのですが、録音の段階から4chで録っていたので、Dolby Atmosバージョンは後ろのチャンネルも使ってもらいました。収録時は奇跡的に鳥が手前から後ろに飛んで行ってくれたので、これが滑川さんによって頭上を抜けて後ろに飛んでいく音として再現されているので、ぜひ聴いてほしいです。「ハジマリ」は、最初はすごく狭い部屋で小さなギターで歌ってる感じなんですけど、曲が進行する中でどんどん部屋が広がって、最後には壁が全部消失してスタジアム級の音になる、というのをDolby Atmosで表現できないかなと思って滑川さんに最大限手を加えていただきました。

滑川:「ハジマリ」の圧倒的な“包まれてる感”をどうつくるか、というのは色々試してみました。後ろだけだと5.1chでできてしまうので、上も含めた全部に包まれている感じをどう出すかをかなり模索した気がします。

Yuqi:2chのMIXではありえないスケール感がつくり出されましたね。Apple Musicでリリースされたときのイヤホンでまだ聴けてないのでどれだけ再現度があるか分かんないんですけど、楽しみですね。あと、「アヲイノカラス」は本当にギターだらけなんですよ、ギターに埋まるみたいな感覚。それはDolby Atmosで囲むからこそできた音楽体験だと思います。

滑川:スタジオでSt.Vincentの『Daddy’s Home』を聴いて、声がピンポイントで色んな所から聴こえたりするところにインスピレーションを受け、似たような効果が出せるのかと試行錯誤しながらやっていました。単純にパンを追い込むだけだと中々似た感じが出せなかったんです。

Yuqi:「アヲイノカラス」はメインボーカル感が一番ない曲だったので、「本当にどこにいてもいいので、意外なところから急に声を出す感じにしてください」とお願いしたんです。メインボーカルはここにいないといけない、というロジックを一番崩せた曲かもしれません。

――ボーカルとコーラスの関係性じゃなくて、何がメインで何がコーラスかを曖昧にしてしまおう、と。

Yuqi:そうです(笑)。

滑川:すごくDolby Atmos的な遊びやギミックが試せた曲でしたね(笑)。



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