Nintendo 64とわたし、『マリオカート 64』と「4号線のレインボーロード」
来る日も、来る日も、わたしは虹のハイウェイを駆け抜けた。わたしはよくヨッシーを使った。彼の終身の相棒や、その弟、あるいはそのライバルの姿をした、魂なきスリーピー・ホロウたちには、いまも感謝している。走り始めてすぐ、この道は「完全」に思えた。限りなく恣意的に設計された、完全な人工物。だから心置きなく、幼児のような心持ちでわたしはカートを走らせていたのだが、いつの日かこのような気持ちを抱いていた。ここから外へ出たいと。
だからスタート直後の急傾斜に対し、折返しにあたるコースがほとんど真下に位置していて、位置エネルギーによってコースの半分を省略できることに気づくのは自然だった。私は飛んだ。ターボを吹かせて嬉しそうに嘶く恐竜の子と共に。宇宙を、闇を、星々を飛び、そして自分だけの道を見つけた。
いまとなってはあまりにも有名なショートカットだが、確かに私は何百周とレインボーロードを走るなか、このコースの本質を破壊した。自分だけの純粋な意志ではなく、友人と情報を共有して発見したかもしれないが、だが確かに、私は決められた一つの道のなかで、その道を超えていった達成感は、助手席で庇護される無力な子どもにとって、自分のような人間でさえ何かを成し遂げられる自信となったのだ。
10年後、わたしはすっかり酔っ払って寝込んでしまった父をとなりに座らせ、4号線を走っていた。そして空には、あの日よりも白く光る星々が、やっぱり等間隔で闇を照らしている。父はわたしに言った。
「あぁ、ほんまやな。星がきれいやわ」
(画像=Unsplashより)
■ジニ(Jini)