『The VOCALOID Collection -2020 winter-』特集(Vol.1)
八王子P×柴 那典対談 “重要楽曲”から考えるボカロ史
2010〜2012年 「マトリョシカ」や「千本桜」などメガヒットが続々
――無邪気な時代が終わり、競争の時代が始まったのが2009年ですね。2010年になると、だいぶシーンが洗練されてきます。
柴:2010年の記憶でいうと、J-POPもロックシーンも、少し閉塞感があった時代でした。そんなときに、fhánaの佐藤純一さんから「『ボーマス(THE VOC@LOiD M@STER)』行かないとやばいですよ」って連絡をもらったんです。実際に行ってみると、とんでもない熱気と興奮と刺激が生まれていた。それまでは商業的なムーブメントとは別の動きとして見ていたんですが、音楽業界を揺るがすような強烈なことが起こっていると認識したのが2010年でした。
八王子P:『ボーマス』の即売会とか、『コミケ(コミックマーケット)』でもボカロのジャンルが盛り上がってましたね。ここでクリエイターを大雑把に二分すると、ハチくんとか、wowakaさんとか、古川(古川P /古川本舗)さんとか、トータルプロデュースを全部1人でやるクリエイターと、DECO*27さんのようにチームでやっていく人たちに分けられると思います。僕は若村(篤志)さんとMMDがきっかけでチーム的なクリエイティブを続けていくことになるんですけど、この頃から、セルフプロデュースまで意識し始めました。
柴:2010〜11年頃は、数ヶ月に1回大ヒットする曲が出てきてて、その中で最大のヒットが「マトリョシカ」でした。いま聴いてもとてもポップで、何度も繰り返し再生してしまう中毒性があって。MVの完成度も含めて、ずば抜けたインパクトがありましたね。
八王子P:ハチくんは本当に天才だなと思いました。
柴:wowakaさんの「ローリンガール」も後に与えた影響はとても大きいと思います。ハチさんとwowakaさんって、作風は少し違うけども、ほぼ同時期に頭角をあらわした感はすごくあります。僕は日本のロックを追ってきたんですが、そこと連続したカルチャーとしてボカロを捉えられるようになったのは、やっぱりwowakaさんが出てきたのが1つのきっかけでした。DECO*27さんも、J-ROCK的なカルチャーを花開かせましたね。
――こうして見ると、2010〜2011年はプレイヤーがガラッと変わった時期だと感じます。
八王子P:2011年は黒うさPの「千本桜」と、じん(自然の敵P)の「カゲロウデイズ」ですよね。
柴:まさに大爆発という2曲でした。この2曲って、両方9月に発表されているんですよ。
八王子P:僕もそれを知ってびっくりしました。「千本桜」は一般の方に1番認知度がある曲ですし、当時の盛り上がりはもちろんですが、それがゆくゆくマスに広がっていくのがすごいですよね。じん君に関しては、ボーカロイドでメディアミックスをやった先駆け的存在なので、2011年はモンスター級の曲が多いんですけど、特にピックアップするならこの2曲だと思います。
――「千本桜」はn次創作的に広がったものの代表曲でもありますよね。
柴:そうですね。小説化され、戯曲化され、まらしぃがピアノで弾いたバージョンがトヨタのCMで採用され、小林幸子が『紅白歌合戦』で歌うなど、大きく世の中ごとになりましたね。『カゲロウデイズ』も小説として本が出て、アニメ化、映画化までされました。そういう意味で、ターニングポイントとなる偉大な曲として選ばざるを得ないです。
八王子P:この広がり方をみて、「音楽以外のところでマネタイズする方法があるのか」って気づかされた人も多いと思います。
――その流れのなかで、kz(livetune)さんの「Tell Your World」も、「Google Chrome」の「Google Chromeグローバルキャンペーン」CMソングとして、世の中に広がっていきました。
八王子P:時系列的には、「千本桜」より先に「Tell Your World」がマスに広がった気がします。世の中に初音ミクの存在を知らしめたのはあのCMだったと感じますし、それをきっかけに、「千本桜」がさらに羽ばたいていった、という順番が正しいと思います。シンプルに曲も、CMも良かったですから。
――ボーカロイドシーンの魅力をすごく美しく伝えていますよね。
柴:そうですね。2007年から初音ミクが成し遂げてきた、新しい才能を世に送り出すプラットフォームとしての役割、希望に満ちた数年間を総括するような曲ですね。ここで1回、シーン自体が集大成を迎えたように感じています。
――2011年はすごい年でしたね。40mPさんの「からくりピエロ」だったり、Mitchie Mさんの「FREELY TOMORROW」もあるわけですから。
柴:本当に百花繚乱ですよね。
2013〜2015年 ヒットの法則が生み出され様式化が進む
八王子P:2010年までで、ボカロ曲の“ヒットの方程式”のようなものがある程度できるんですけど、2011年〜2013年あたりまでは、それを上手く踏襲した曲が増えてきました。僕はそれへのアンチテーゼで、自分を貫くスタンスでやってましたけど、流行ってる曲は、ザ・ボカロ曲的なものが多いです。
――怪作は減ったけど秀作が増えた、という印象でしょうか。
柴:最初の熱狂の季節は「Tell Your World」で1回終わってしまって、2013〜15年は、「こういう風にやるとボカロっぽい」というものが様式化された時期だと感じています。2014年にはBUMP OF CHICKENが初音ミクとコラボした「Ray」をリリースしたり、和楽器バンドがボカロカバー曲のアルバムでデビューしたりと、メジャーシーンでの展開も多かった。その反面、アマチュアが遊べる場所という当初の無邪気さは徐々に失われていったように思います。
――そんな中で、n-bunaさんやナユタン星人さんのような才能も出てきています。
八王子P:逆に言うと、そのほか何人かくらいしかいないんですよ。2012年くらいまでは10万再生いけるような新しい人がどんどん出てくるんですけど、2013年辺りからはかなり減っていますし、その背景にはニコニコ動画が遊び場じゃなくなった、ということが大きく作用していると思います。この頃って、2009年組はメジャーシーンに行ってプロになってますし、有名Pもがっちりポジショニングしているし、さらにプロも参入してきて、新たな才能が頭角を現しづらい時期ですから。
柴:2014年にはHoneyWorksもメジャーデビューしていますし、プロジェクト感の強い座組みが脚光を浴びるようになってきていて、クリエイティブが1人の思いつきでできるような規模ではなくなっていたと思います。そんな中でもn-bunaさんのように才能を持ち勝負を挑んでいくクリエイターがいたから、このシーンが「Tell Your World」で終わらなかった、ともいえます。
八王子P:このあたりから、ボカロを聴いて育った子たちがクリエイター側に回るようになってくるんです。自分たちの世代と価値観が大きく違っていて、おもしろいなと思うようになりました。
――体感的にボカロシーンで流行る曲を知っている強さもありますね。
八王子P:肌感でなんとなくこういうのがいいんだなっていうのは、僕らなんかよりも、純粋に聴いてきてる子たちの方がわかっている可能性は高いです。カラオケでも当たり前にボカロ曲を歌いますし。
――カラオケといえば、この時期に発表された「シャルル」(バルーン)のカラオケ人気はすごかったですね。
柴:僕個人の話ですが、この頃になるとニコニコ動画をチェックすることはなくなってきていて、すごい人が出てきたのを後から知る感じでした。2015〜16年頃はボカロシーンに閉塞感が漂い始めていたと思っていたんですが、実際は世代交代が起こっていたということなんだと思います。特に、「シャルル」のようなダンスビートとメロディーの強さをもった曲を若い世代がこぞって歌うようになったことで、10代のカラオケランキング1位になるくらいのインパクトがもたらされた。
八王子P:2015〜16年辺りって、「ボカロだから聴く」じゃなくて、「流行ってる曲だから聴く」という傾向だったような気がします。自分たちの世代って、正直なところ、「ボカロを聴いてる」っておおっぴらに言うのが恥ずかしいみたいな風潮があったと思うんですよ。僕もボカロPってあまり言いたくなかったし。でも今のリスナーの子たちは、普通にいい曲だったらバンバン聴く。ミクが大きな盛り上がりを見せて、一般に浸透したからこそ、またこういう曲が出てきてくれたかなと思いました。