森岡賢は、新たな化学反応を求めていたーーSOFT BALLETからminus(-)までを改めて振り返る
驚いた。体調不良を理由に3月のソロ・ライブが中止されたとはいえ、つい最近まで、精力的に音楽活動に取り組んでいたのだ。しかし、森岡…
各メンバーの抜きん出た個性が衝突し合いながらも、不可思議なトライアングルを形成していたソフト・バレエ。特にライヴにおいてはまるで烈火の如し、であった。無表情で鍵盤をぶっ叩きながら(時にはギターも)、音の解体作業を続ける仁王像・藤井麻輝。奇声ぶっ放し&クネクネ踊りで聴く者を釘付けにする両性具有な森岡賢。フランク・シナトラばりのミッド・ローから伸びる歌声で、デカダンな個人主義思想を説く遠藤遼一。——このクール・ビューティ3人組が、日本のデジタル・サウンドに残した爪跡はとてつもなく大きい。
89年にアルバム『アース・ボーン』でメジャー・デビュー。以降、インダストリアル+ノイズの可能性を前面に打ち出す藤井と、アヴァンギャルドながらポップ面を担う森岡という2人のコンポーザーの才能がせめぎつつ、ライヴで盛り上がり必至の「BODY TO BODY」「NO PLEASURE」「VIRTUAL WAR」「WHITE SHAMAN」などの傑作を続々輩出していく。なんといっても素晴らしいのは、無機質に陥りがちなデジタル・ミュージックに激しい感情起伏と肉感的なエロティシズムを吹き込み、それを至って高尚なポップ・ソングとして完成させ抜いたことだろう。そう、彼らは最初から最後まで持ち前の「エレクトロニカ美学」を貫いたグループであったのだ。
惜しくも95年に解散、メンバーはそれぞれソロで活躍していたが……02年、奇跡の復活を遂げ、2枚の秀逸アルバムを発表している。
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