レベッカの記事一覧

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90年代に入り、リンドバーグ、ジュディ・アンド・マリー、ヒステリック・ブルーといった数々のフォロアーを生み出したレベッカ。NOKKOの一聴すればそれと判るパワフルで躍動的な歌声は、80年代の少女たちの圧倒的な支持を得た。当時の高校生、中学生アマチュア・バンドはこぞってレベッカをコピー、文化祭シーズンになると各地の学校体育館で「♪ラズベリ〜ドゥリ〜ム、チュッチュラ・チュッチュッチュ……」という歌声が聞こえて来た。
84年にデビューした彼らは、当初バンドのリーダーであった木暮武彦のカッティング・ギターを前面に押し出した、UKロック色の強い縦ノリのサウンドを繰り広げた。しかし2枚のミニ・アルバムを残し、木暮と小沼(dr)が脱退(2人はレッド・ウォーリアーズを結成する)。その後、キーボードを基調としたサウンドと、NOKKOの歌を全面に押し出したポップ色を強めた展開に移行する。86年マドンナの「マテリアル・ガール」をまんま拝借したような「LOVE IS CASH」がスマッシュ・ヒット、続く「フレンズ」も大ヒットを記録し、人気バンドとしての地位を確立——ロック・シーンのトップを走り続けたが91年に解散を迎えた。
だが99年に突然の再結成、00年に入り本格的に始動し始めている。キャッチーで明瞭なポップ・ロックを確立したレベッカ、未だにその影響を公言するミュージシャンは跡を絶たない。

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