『風、薫る』小林虎之介の“切なすぎる”節目 “りん”見上愛との恋だけではない複雑な感情

脚本家の吉澤智子は、虎太郎を「自己責任論が興隆した明治時代を象徴とする人物」として描いたという。先の発言もまさに、その価値観が色濃く表れたものだろう。虎太郎はもともと言葉数が多いほうではなく、りんが苦しいときには黙ってそばにいるような青年だった。それだけに、一見すると東京に出て競争社会の価値観に染まり、かつての純朴さや優しさを失ってしまったようにも映りかねない。
だが、虎太郎は自己責任論に縋ることでしか、自分の人生に希望を見出せなかったのではないか。経済的に恵まれず、十分な教育を受けることもできなかった彼にとって、「努力した者は努力しただけ上にあがれる」という考えは、他者を切り捨てるためのものではなく、自分自身を奮い立たせるための言葉だったのだ。
そんな虎太郎の複雑な内面を丁寧にすくい上げているのが、小林虎之介である。振り返れば、小林はこれまでも、自分ではどうにもならない理不尽を抱えながら生きる青年をたびたび演じてきた。
『宙わたる教室』(NHK総合)で演じた柳田岳人は、ディスレクシアを抱え、読み書きが苦手なことから学ぶことに挫折してきた不良青年。周囲に舐められまいと尖った態度を取りながら、その内側には自信のなさや傷つきやすさを抱えていた。また『テミスの不確かな法廷』(NHK総合)では、唯一の家族だった姉を理不尽な形で亡くし、その死に関わった市長への怒りから事件を起こす青年・江沢卓郎役に。行き場のない怒りや悲しみに苛まれ、周囲に心を閉ざしていく青年の複雑な内面を、繊細な芝居で浮かび上がらせていた。
小林が巧みなのは、そうした人物の尖った言動だけを切り取って見せないところだ。強がったり、ぶっきらぼうになったり、ときには他人に苛立ちをぶつけたりしても、その奥にある素直さや傷つきやすさがふとした表情や佇まいから透けて見える。だから、決して“いい人”とは言い切れない瞬間があっても、その人物を嫌いになれない。むしろ、不器用に生きる姿を見守りたくなってしまう。
虎太郎もまた、そんな小林の持ち味が存分に生きる役柄だ。シマケンへの嫉妬や対抗心、出世への野心といった決して綺麗とは言えない感情を覗かせるようになっても、小林は虎太郎をまるで別人のようには見せない。その表情や佇まいには、栃木にいた頃と変わらない純朴さや優しさが今も残っている。だから、虎太郎を憎めないし、むしろその不器用さや危うさまで愛おしく感じてしまうのだ。

だからこそ、余計に横沢が登場して以降、虎太郎の出番がめっきり減ってしまったことは残念に感じてしまう。ただ、その間も虎太郎は、りんの隣に堂々と立てる男になろうと必死に上を目指していた、と考えれば納得できなくもない。第101話では、シマケンとりんが仲睦まじく過ごす姿を目の当たりにし、敗北を悟った虎太郎。シマケンを飲みに誘い、「血反吐、吐くまで努力しろ」と、夢もりんとの幸せも両方掴み取れと言わんばかりに発破をかける。小林は“負けヒロイン”とも言える虎太郎を、決して哀れなだけの存在にせず、人間臭く魅力的に演じてきた。りんとの恋が実らなかったとしても、虎太郎には虎太郎だけの人生が続いていく。明治という激動の時代を必死に駆け上がる彼が、この先どんな幸せを掴むのか。最後まで見届けたい。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK





















