『Tシャツが乾くまで』思いやりが生んだ“思い込み” “咲子”蒼井優が長野へ向かった理由

『Tシャツが乾くまで』思いやりは愛なのか

 あずさも、樹生にフィナンシェを「苦手」だと思われていたが、実際はフィナンシェやマドレーヌなどの焼き菓子を好きだと話していた。そこに、充がいつも多めに焼いていたフィナンシェが重なる。もしかしたら、あずさと樹生の間にも、翔のサメと同じように「(好きだけど、もう満たされているから)いらない」というやりとりがあったのかもしれない。そして、そのたった1回の「いらない」から、「苦手なんだ」と思い込み、避け続けてきた部分があるのではないか。

 樹生は、あずさなら「聞いてほしい話は自分からする人だ」と認識していた。でも、あずさからすると、聞かれないから話していないこともたくさんあるという描写もあった。きっと樹生は、あずさの意志を尊重していたのだろう。話したくないことを無理に聞かず、彼女が自ら話すのを待っていた。それもまた、相手を大事に思うからこその配慮だったはずだ。

 しかし、あずさにとっては、その配慮が「聞いてもらえなかった」という寂しさになっていたのかもしれない。相手のためを思って発した言葉が、相手の気持ちを勝手に分類するものになってしまう。あるいは、相手のためを思って触れなかったことが、相手を知る機会そのものを遠ざけてしまう。相手を傷つけないように避けることと、「この人はこれが嫌いなのだ」と決めつけることは、案外、紙一重なのかもしれない。

 つくづく人間関係というのは、明確な線引きがなく、その都度悩まされるものだ。相手を思って距離を取ることと、相手を思って一歩踏み込むこと。どちらも愛になり得るし、どちらも思い込みになり得る。

 「かわいそう」という言葉もまた、本人に尋ねる前に、その人の気持ちを外側から分類してしまうものなのかもしれない。「サメが苦手なのだろう」「フィナンシェが嫌いなのだろう」と思い込むことと、どこか似ている。

 不幸があった人が、いつから笑って楽しく過ごしていいのかなんて、誰にも決められない。「幸せ」と「かわいそう」の境界線も、そのグラデーションの濃度だって、人には決められないのだから。他人が好き勝手に言うように、きっと自分の好きに決めていいのだと思う。

 だからこそ、咲子は長野へと向かう。充にちゃんと会う。それが、咲子がしようとしているフィルター掃除なのだろう。

 これまで咲子は、充が残した手紙や、周囲の人々の言葉をつなぎ合わせながら、その真意を理解しようとしてきた。だが、それもまた、充本人の口から聞いた言葉ではない。どれほど長く共に暮らし、相手を思い、理解しているつもりでも、その解釈が正しいとは限らない。

 フィルターにたまったものを取り除かなければ、洗濯物はいつまでも乾かない。咲子の心を湿らせ続けているのも、本人不在のまま積み重なってきた憶測や、言えなかった言葉、そして美化されつつある記憶なのかもしれない。

 乾かなくなった心を、もう一度動かすために。咲子には、自分のなかで充の気持ちを決めるのではなく、本人の口から言葉を聞く必要がある。思いやるから聞かないのではなく、思いやるからこそ、聞きに行く。それは咲子にとって、充への愛を手放す行為ではなく、自分が知っているつもりだった充を、もう一度ひとりの人間として知ろうとする行為なのではないだろうか。

 そこには、新たな「苦手なこと」につながるような経験が待っているかもしれない。でも、行くと決めたのには、それを「怖かったね」と受け止めてくれるであろう、樹生の存在も大きいように思う。今回は樹生とではなく、たったひとりで長野へ向かった。そこには、あずさにはもう会えない樹生への配慮もあったのかもしれない。

 ただ、それもまた、本当に樹生が望んだものだったのかはわからない。相手を思うことと、相手の思いを知ることの間には、いつもわずかな距離がある。同じバス事故で家族を失った遺族仲間として始まった咲子と樹生の関係も、「ご近所づきあい」に上書きされていきそうだ。充に会おうとする前に、事故現場に向かい、花を手向け、手を合わせたのは、帰らぬ人となったあずさと、もう帰らない「夫」へのけじめだろうか。

 チャイムを押した先に咲子を迎えたのは、誰だったのか。そして、行方不明になったものの咲子を案じる充の真意とは。本人の言葉を聞いたとき、咲子が理解していた充の姿は、どのように変わるのだろう。咲子のなかにたまっていたものは、どのように動き出すのか、ますます目が離せない。

■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXT、Netflixにて配信
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「リキャップ」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる