『風、薫る』はなぜりんを“頼りない主人公”にしたのか “未熟さ”が持つ意味を考える

おそらく、ドラマでは、りんを間違える人物に設定したことで、視聴者が能動的にならざるを得ないのだ。それが狙いなのだろう。また、りんと直美が大関和の半分ずつを担っている説もある。ただ、原案に登場する大関和の同僚・鈴木雅を直美のモデルにしている部分もあって、完全にひとりの実在の人物をふたりの個性の違う人物に分けたというわけでもない。いずれにしても『風、薫る』では極めて未熟な主人公として描かれる。それがこのドラマの根幹である。
りんは看護とはどういうものか迷子になり、その結果、もう辞めたいけれど、辞めたら家計を支えられないから辞められないと苦悩する。もともと、お金のために給料のいい看護婦を目指したが、働くうちにやりがいを覚えた、というのが『風、薫る』の筋立て。りんが看護とは何かという問いから、お金を稼がなくちゃならないという思考に流れるのもおかしい話ではない。実際の人間は筋が通らない揺れる思考を繰り返しながら生きている。だが、物語のなかでは、できればシンプルにしてもらえないかとも思う。主人公のりんをこれほど頼りない人物にしないでほしいと思ってしまう。

たとえば、岡田惠和が書いた『泣くな、はらちゃん』(2013年/日本テレビ系)という、主人公が描いている漫画の登場人物たちが意志を持って動くファンタジードラマがある。もしこういうドラマのように登場人物に意思があったら、おれたち、もうちょっといい選択をしたい、と思ってしまうのではないか。そんなとき、シマケン(佐野晶哉)がフォロー役として機能する。書評するようにりんの生き方を読み解くシマケン。
「この筆者(りんのこと)は、元来、明るい質(たち)ではあるものの、おそらくつらいときほど、そうやって歯を食いしばり、顔に、笑い顔の面をつけてきたのであろう。能面ならぬ、おかめの面なり」
「その面は、筆者にとって、鎧のようなものであろう。働くため、母でいるため、大黒柱になるため、笑って、笑って、笑ってーー」
明治の作家・小泉八雲の書いた『日本人の微笑』のように、西洋人には理解しがたい、いついかなるときでも微笑んでいる人間の不思議さ、奥深さをシマケンが語ることで、かろうじてりんの面目が立った。後半戦、未熟なりんが頼もしく成長し化ける可能性も残っている。それを期待すると本稿を締めたいところだが、適切な選択ができない、迷える主人公を描いた良作も存在することを記しておきたい。
たとえば、『透明なゆりかご』(2018年/NHK総合)。沖田×華の実体験に基づいて描かれた漫画のドラマ化で、主人公(清原果耶)は「注意欠如多動症」(ADHD)と診断されている。人一倍「感受性が豊か」な主人公は病院に訪れる様々な人々のことを深く見つめ、とことん寄り添っていく。たとえば、『アンメット ある脳外科医の日記』(2024年/カンテレ・フジテレビ系)の主人公(杉咲花)は過去2年分の記憶がないうえ、日が変わると前日の記憶がリセットされてしまう。それでも彼女は医療従事者としてできる限りのことをやろうと努力を重ねる。チームの人たちはそんな彼女の後押しをする。

無敵の主人公ではなく、脆い部分も抱え、日々迷いながら、自分に何ができるか問い続ける物語が深い感動を与えてくれる場合もある。『風、薫る』がその方向性を狙っている可能性もあるだろう。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK






















