『風、薫る』直美の「看護婦辞めな」に込められた優しさ りんがまとってきた“笑顔の鎧”

NHK連続テレビ小説『風、薫る』第74話では、山本(本田大輔)の一件から立ち直れないりん(見上愛)のもとへ、シマケン(佐野晶哉)が訪ねてくる。看護が好きで、患者のためにまっすぐ動いてきたりんが、今はその看護に向き合うことができなくなっている。第74話で描かれているのは、仕事への責任感だけではどうにもならない心の傷である。

団子屋を訪ねた直美(上坂樹里)の前に、シマケンが姿を現す。「りんさん、しばらく見かけませんがどうしてますか?」と尋ねるあたり、相変わらず分かりやすいほどりんのことを気にしている。直美は、あれほど看護が好きだと言っていたりんが、今は仕事に戻れずにいることを伝える。看護婦として患者を守ろうとしたことが、ひとりの人間として本当に正しかったのか。りんが抱えているのは、単なる失敗の後悔ではなく、もっと根の深い迷いである。
一方のりんは、家で環(英茉)のために何とか頑張ろうとしているのだが、何かをしようとするたびに山本のことが頭をよぎる。ひぐらしの鳴き声、壁にできた傷、その傷に触れるりんの手。表面上は家に戻っているように見えても、心はまだ病室に置き去りにされたままなのだろう。母であり、大黒柱でもあるりんは、立ち止まることさえ自分に許せないのかもしれない。

そんなりんの様子を見ていた直美は、捨松(多部未華子)にあるお願いをする。りんをただ励ませばいいわけではない。休めばすぐに戻れるわけでもない。誰かがそばにいて、りんの苦しさを言葉にしてくれる必要がある。直美はそれをわかっていたのだろう。
直美から事情を聞いたシマケンは、りんの家を訪ねる。もっと長く休めないのかと心配するシマケンに、りんはシマケンが書いた書評について話す。読みたい気にさせる文章だった、と。自分のことで精いっぱいのはずなのに、シマケンの仕事をちゃんと見ているところが、りんらしい。

そこでシマケンが語るのが、能面ならぬ“おかめの面”である。その面は、筆者にとって鎧の面でもあるのだろうとシマケンは言う。「働くため、母でいるため、大黒柱になるため、笑って……笑って……笑って……」。その言葉は、今のりんに向けられたものだ。つらくても笑う。苦しくても役割を果たそうとする。自分が崩れてしまわないように、笑顔を鎧のように身につけている。
シマケンは、そんな面は取ってほしいと切実な思いで伝える。真正面から強く励ますのではなく、りんが無理に笑っていることに気づき、その奥にある痛みにそっと触れようとするのがシマケンらしい。りんは「大黒柱も悪くないです」と涙を流す。環を守りたい。家族を支えたい。看護婦としても、もう一度ちゃんと立ちたい。そのどれもが本心だからこそ、りんは簡単に何かを手放すことができない。シマケンの言葉で少し心がほどけても、彼女の苦しさがすぐに消えるわけではなかった。

そこで直美は、捨松へ何かを頼み込み、ひとつの決意をする。励ますだけでは、りんはまた自分を追い込んでしまう。看護が好きだからこそ傷つき、それでも戻らなければと思ってしまうりんを、直美は誰より近くで見てきた。だからこそあえて「看護婦辞めな」と言い放つ。それは突き放すためではなく、これ以上りんが壊れてしまわないようにするための一言だったのだろう。看護を続けることだけが正しいわけではない。好きなものだからこそ、いったん離れなければならない時もある。
シマケンは、りんに笑顔の面を外してほしいと願った。直美は、りんに看護から離れる選択肢を差し出した。どちらも、これ以上りんが自分を追い込まないための優しさである。看護が好きだからこそ傷ついてしまったりんは、その優しさを受けて、もう一度どう立ち上がっていくのだろうか。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK





















