『風、薫る』はなぜ朝ドラの“王道”を外し続けるのか? 小林虎之介の再登場に隠された意味

ちゃんと恋をして結婚する。自分で自分の道を選択する。それこそが明治維新で西洋化された日本人の変化のひとつであり、女性の立場の変化でもある。この変化を明確にするために、第一週から登場していたのが、女性の人生双六だ。初期の双六の上がりは「奥様」。時代が変わると「淑女」になる。「奥様」は上がりだけれど地味だとりんは感じていて、ほんとうに地味に家庭に収まる奥様が女性の上がりなのかという疑問が物語の出発点になっている。
つまり、第12週の突風のような三角関係は、単にきゃっきゃした恋愛を描こうという意図ではない。恋愛とは女性――いやすべての人間の自由のひとつであるのだ、ということを着々と描いたうえでの、りんとシマケンと虎太郎の三角関係なのだ。そこにもきっと、明治時代の日本人の姿がある。

ただし、りんは恋愛というものにピンと来ていないようだ。シマケンと虎太郎がりんをめぐって静かに火花を散らしていることにまったく気づいていない。栃木時代はほんのり虎太郎に恋ごころを芽生えさせていたはずだが、結婚して子どもも生んで、看護婦を目指しているいま、彼女の恋はどこかに置き去りにされているようだ。そんなときにふと恋を思い出すことはあるだろうか。
看護婦誕生の瞬間とその時代の恋愛模様を一週の間にまとめる脚本家はなかなかの剛腕である。
興味深いのはここまで半年のドラマのほぼ半分くらいまできて、いまだに登場人物の恋愛を主軸にはしていないことなのだ。りんの結婚は早かったが離婚も早かった。直美も寛太(藤原季節)に騙されて、一瞬舞い上がったもののいまは友人関係のようになっている。患者のチュウ(若林時英)もりんに夢中だったがあっさり振られ、すっかり直美の舎弟のように収まっている。
それなりにいい感じの若い男性キャラが散らばっているにもかかわらず、ひとりとして明確に主要人物との恋愛に発展していかない。明治時代はまだ自由恋愛が一般的ではなかったからなのか。そこと、現代の視聴者の恋愛ドラマ離れを接続させたのか。あるいは、これまでの朝ドラの展開をあえてずらそうというトライかもしれない。

昔の朝ドラでは、ヒロインが三つ指をついて「お世話になりました」という嫁ぎのシーンは必ず入れることになっていたそうだ(拙著『みんなの朝ドラ』(講談社)大森寿美男インタビューより)。だが『風、薫る』では安の祝言の前夜も、母・美津(水野美紀)との会話ではなく、姉りんとの会話で、従来の結婚式の生家にこれまで育ててくれた感謝を伝える儀式は描かなかった。あの極めて現代的な『おむすび』(2024年度後期)ですらそこは描いたというのに。母親は娘ふたりの会話を寝ながらこっそり聞いて、複雑な表情をしているのだった。
第13週からはりんと直美が本格的に看護婦として働き出す。展開にどんな工夫が凝らされるか。でもやっぱりシンプルにシマケンと虎太郎とりんの関係性が気になる。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK






















