『箱の中の羊』なぜ賛否両論に? 最後まで解消しないハイブリッドな物語が生んだ温度差

この映画がえぐりだした最もグロテスクな部分は、そうした親子の愛情という、映画において至上のものとされてきた既存の価値観を、一方通行的なものとして描いているところだ。“子育て”というものは文字通り子どもを育てることが主目的であるはずだが、そこで生まれる副次的な感情だけが、ここでは問題になっている。つまり、そこには子ども側の利益や権利というものが存在していない。
巨匠アンドレイ・タルコフスキー監督が名作SF小説を大胆に翻案した『惑星ソラリス』(1972年)が、その人間の記憶や願望を具現化した存在を生み出す状況を描き、それを受け入れてしまう人間の姿が印象的だったように、たとえ相手が人間でなくとも、自分が望むものがそこにあれば満足できるかもしれないという一方通行的な構図は、現在のAIとのやり取りに心のつながりを求める人々にも重ねられる。
そうした意味において本作が持つ冷徹な目線は、人工物に他者が身勝手な欲望や愛着を見出してしまう空虚さと切なさが含まれた『空気人形』(2009年)や、親であることの強迫観念や血縁に囚われていた大人が、他者との直面によって意識の変革を迫られる痛みを描いた『そして父になる』(2013年)など、これまでの是枝監督作とも地続きのものであるといえる。今回の『箱の中の羊』は、こうした是枝監督が長年培ってきた既存の世界を、近未来SFの枠組みを通して表現し直してみる試みであったと考えられる。
そんな停滞した一方的な親子の関係性を、本作はもちろん辛辣に描いている。ヒューマノイドがネグレクトに遭う陰惨な場面は、『誰も知らない』(2004年)を想起させる。虐待を受ける生身の人間も親から逃げてくるといった展開が用意され、親から捨てられたヒューマノイドや人間の子どもたちが、同様の存在として共同体を作るといった流れとなる。森で自給自足生活を始める彼らのサポートを、甲本夫妻などがおこなうというかたちでストーリーは収束していく。
そこで打ち出されているのが、両親が“子離れ”を経た上で構築する、守るべき存在との新たな関係性である。この着地は、これまでの是枝作品が描いてきた、“血の繋がりか、ともに過ごした時間か”という二者択一の問いを一気に飛び越えるものだ。夫妻と翔の姿をしたヒューマノイドは親子の役割を演じるのをやめ、人間と機械という階層意識をも捨てて、ひとつの対等な他者として結びつき直した。そして、個人的な視点から社会的な視点へと、愛情や責任の問題が異なるステージに移るのだ。
だがこの結末は、進歩的な共感を喚起させる一方で、乱暴に見える点も少なくない。まず、自然の森の中でヒューマノイドが暮らしていくには、現実問題として難しいはずだと考えざるを得ない。ヒューマノイドが長く生存するためには、部品交換や精密検査など製造元のメンテナンスが不可欠だろう。それなりにリアリティを保っていた設定があったからこそ、身近に切実なものに感じられた本作の枠組みは、ここで一気に崩れてしまうのである。
また、人間の虐待児童の扱いにも疑問をおぼえるところだ。行政や法律に実際的な問題が山積しているにせよ、そうしたものが提供するセーフティネットに頼るといった行動が、まずは必要だろう。進歩した人権意識から、ヒューマノイドのような非人間的な人工物が、人間と同等の権利を持つという考えを提供することは結構ではあるが、その結果として子どもたちがさまざまな面で危険な状況に置かれるような状況を作るラストを設定し、しかもそれをある程度ファンタジックかつポジティブに描いてしまうのは、そもそも作品がうったえようとする児童福祉の思想に反しているように感じられてしまうのである。
甲本夫妻が直面する、子を失った喪失感や罪悪感というのは、確かに深刻なものがある。とはいえ、それは役割が固定化され、いつかは自分自身の存在理由を揺るがされ捨てられかねないヒューマノイドの過酷さとは比べられないだろう。もちろん、虐待された児童たちもそうだ。これは、親の感情や立場を描く物語を始めに想定して、その上にヒューマノイドの自立という問題を重ねたという脚本構築の過程が影響を与えているのではないか。こうしたハイブリッドな物語が生んだ温度差が、最後まで解消しないままなので、いまいち甲本夫妻や、彼らの子離れというテーマに共感しづらい観客が少なくないという結果になってしまったのではないのか。
ここでは、スティーヴン・スピルバーグ監督の『A.I.』(2001年)のように、あくまで子どもの側の物語にフォーカスしていくか、もしくは希望を与えるようなムードを演出せず、過去作『誰も知らない』のようにビターな描き方に調整する必要があったのではないだろうか。綾瀬はるかの表情を捉えるラストカットを、晴れやかな気分で受け取りにくいという観客が少なくない背景には、そのような事情があると考えられるのである。
■公開情報
『箱の中の羊』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:綾瀬はるか、大悟(千鳥)、桒木里夢、清野菜名、寛一郎、柊木陽太、角田晃広、野呂佳代、星野真里、中島歩、余貴美子、田中泯
監督・脚本・編集:是枝裕和
音楽:坂東祐大
製作:フジテレビジョン、ギャガ、東宝、AOI Pro.
制作プロダクション:AOI Pro.
配給:東宝、ギャガ
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