是枝裕和監督が『箱の中の羊』で“夫婦”と“AI”を描いた理由 映画を飛躍させる“人間の歪み”

『箱の中の羊』是枝裕和監督インタビュー

 数々の名作を世に送り出し、世界的な評価を受ける是枝裕和監督のオリジナル脚本による日本映画『箱の中の羊』が5月29日より公開中。本作は「最新のテクノロジーで亡き人を蘇らせる」という現代的なビジネスの記事から着想を得た、少し先の未来を生きる家族の物語だ。

 主演を務めるのは、劇映画は『海街diary』以来の是枝組参加となる綾瀬はるか。そしてその夫役には、本作が本格的な演技初挑戦となる千鳥の大悟。物語は、2年前に7歳の息子・翔(桒木里夢)を亡くした建築家の甲本音々(綾瀬はるか)と工務店2代目社長の健介(大悟)のもとに、息子の姿をした最新型ヒューマノイド(桒木里夢)が無償レンタルされることから動き出す。生成AIによって翔として“成長”していくヒューマノイドを徐々に受け入れていく健介と、在りし日の息子とのギャップに違和感を覚えていく音々。やがて二人が抱え続けてきた喪失感と、予期せぬ未来が静かに交錯していく。

 これまで血縁を超えた多様な「家族」の姿を切り取ってきた是枝監督は、なぜ本作で「AIとの共生」や「夫婦」というテーマに行き着いたのか。劇中で重要なモチーフとなる「建築」や「AI」、そして綾瀬・大悟というキャスティングの裏側について、じっくりと話を聞いた。

“確信”があった大悟(千鳥)のキャスティング

ーーまず本作の出発点について伺います。『ベイビー・ブローカー』の取材時、「『そして父になる』があり、『ベイビー・ブローカー』は“そして母になる”話でもある」と伺いました。今回もテーマは「家族」ですが、プレス資料には「家族の話にしようとしていたら夫婦の話になっていた」とありました。これまでの作品でも「家族」は大きなテーマだったかと思いますが……。

『ベイビー・ブローカー』は“そして母になる”物語 是枝裕和が語る役者・スタッフへの感謝

2018年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』。その“姉妹”作品と言っても過言ではない内容となっているのが、…

是枝裕和(以下、是枝):自分で決めているわけではないですけどね。最初のほうに書いたプロットは、一組の夫婦がヒューマノイドの息子と一緒に過ごして、返す期限が来たときにもう少し一緒にいようかと決めるまでの話だったんです。それは多分、家族の中に閉じていく話だったと思うんですけど、それだけでは物足りないと感じ、その先を描かないとと考えました。親が子離れして子が親離れするまでの話を書いていったときに、「家族より夫婦」となったのは、おそらく遺伝子的な共有のないものが何かしら一緒にいるという姿で終わるから。それで多分、家族より夫婦だと思ったんだと思います。全体として、木とガラスだったり、死者と生者だったり、機械と森だったり、異質なものが融合したり、共存したり、別々に生きていることもあるかもしれないけれど、それが一つテーマなんだなと。見えないもので連携しながら共存していく話として書こうということですね。

ーーその「夫婦」を演じた綾瀬はるかさんと大悟さんについて伺います。価値観が異なる夫婦ですが、それでも二人が確かに「夫婦」であることが伝わってきて面白かったです。やはりこのお二人だからこそ成立したのでしょうか?

是枝:そう思います。違うものが同じになるというよりは、象徴的なのは「それでええんちゃう」っていう。「そうだよね」「俺もそう思ってた」じゃなくて、「それでええんちゃう」というのと「知らんけど」という。そこで差異はあるけれど受け入れる関係が“夫婦”なのかなということが、この二人だからこそできたかなと思っています。あれが違いを超えちゃうとベタっとして、ウエットになっていくから、そうならなかったのは良かったです。

ーー大悟さんは本作が映画初主演ですが、最初から確信めいたものはありましたか?

是枝:確信はありました。確信がないとオファーしません。直感を言葉で説明するのは難しく、どうしても後付けになってしまうのですが。並んだときの感じで「あ、いけるな」と。綾瀬さんが「私、大女優の綾瀬はるかですけど何か」みたいな方だったらこうはいかなかったと思いますが、そうじゃないのは知っているから。綾瀬さんの人への接し方や共演者への接し方を見ていれば、多分すんなり隣に座れるなと思ったし、綾瀬さんは懐が深いから。で、大悟さんもそこで上手くいくんだろうという勘です。熟考してミスることはありますけど、勘は外れないと。

ーー最初は意外なキャスティングに驚きましたが、映画を観ると非常に納得感がありました。続いて、その夫婦が暮らす「空間」について伺います。今回、「建築」も大きなテーマですね。音々たちが住む吹き抜けのある家はセットですか? 空間の広がりにも驚きました。

是枝:吹き抜けはロケセットで、本当にある家です。仕事場はそのまま使って、渡り廊下を渡って子供部屋に入ったところからがセットです。1階のリビングは、セットとロケセットの両方を使っています。

ーー彼らが暮らす家自体や、建築家である音々が家のパーツを組み立てる姿など、二重三重に覗き見ているような感覚があり、それが最後に繋がっていくのが効果的だと感じました。映像のイメージとして、最初からそのような設定を意図されていたのでしょうか?

是枝:そうですね。“箱”を撮ろうと思っていましたから。文字通りの箱もあれば、家族という箱もあるし。でもあの家が箱の形をしていたのは偶然です。撮影してもいいよと言ってくれた家があそこで。でもあの家の模型を見たら、「上から見ると箱に見えますね」と撮影監督の近藤(龍人)さんが言って、「じゃあドローンで撮ってみようか」と見たら、「あ、ここから始まるのはいいな」と。あの家が本当に、4人目の主役みたいな感じですね。

ーーあの家は偶然見つけたのですか?

是枝:スタッフが探してくれました。建築雑誌の特集で東京近郊で建築家が建てた自邸を探したんです。建築家の方と話す機会があって、建築家の夢は30代で自分の設計でマイホームを建てることだと聞いたので、実際に探してみると、そうした家がいくつもありました。女性の建築家の場合、旦那さんか自分の父親が工務店というケースが多くて、お借りした家がまさにそういう組み合わせのご夫婦でした。ご夫婦に全面協力してもらって、画面に映っている模型からデザイン画まで、全部一緒に作ってもらいました。

ーー何もないところから空間を作り上げていく建築は、映画監督の作業と似ている部分があるのでしょうか?

是枝:すごく似ています。アイデアを身体化していく、空間化していくというプロセスが、映画と建築はおそらくすごく似ているんです。イメージを形にする、と言ってもいいのかもしれない。あそこに暮らしているご夫婦もそうでしたが、模型を作らないと分からない。建築業界には模型派がいるんです。画面上だけで済ます人と、ちゃんと指先を動かして模型を作り空間を認識していく人たちがいて、僕が親近感を感じたのはそちらでした。身体感覚はすごく大事だということは、映画を作っていてもすごく思っているので、あらゆる意味ですごく似ているなと思い続けた1年でした。

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