ニコラス・ケイジが神がかった演技を披露 『スパイダー・ノワール』が積み上げる歴史の厚み

ニコラス・ケイジ主演の『スパイダーマン』シリーズのドラマ『スパイダー・ノワール』が、Prime Videoから配信リリースされた。1930年代の不景気にあえぐニューヨークを舞台に、スパイダーマンの能力を秘めた探偵が危険な事件の闇に迫っていくという内容だ。とくにアメリカ本国で大きな話題となり、批評家、視聴者からの評価も非常に高い。
アメリカンコミックのヒーローというポップアイコンに、40年代ハリウッドのフィルム・ノワールの雰囲気を投影した本シリーズ『スパイダー・ノワール』の試みは、それだけで目を引く特徴を備えている。画面の多くを占める陰影や、ニコラス・ケイジ演じる孤独な探偵の佇まいにも哀愁と小粋なユーモアが感じられ、クラシカルな要素を多分に織り込んだ、ある種の総合的なロールプレイである本シリーズが支持される理由が理解できる。ここでは、そんな個性的なドラマ『スパイダー・ノワール』が描いたあれこれの率直な印象や、画期的な部分、描こうとしたテーマなどを、総合的に見ていきたい。
まず注目すべきは、このドラマが1940年代から隆盛した「フィルム・ノワール」の文法で撮られているところだろう。私立探偵がファム・ファタール(運命の女)の妖しい魅力に導かれ、やがて街の巨悪が裏に潜む事件に深入りしていく……。その骨組みは紛れもなく、かつてハリウッドの撮影所システムのなかで確立された、クラシカルな映画スタイルの再現にほかならない。本シリーズは、一見してそれと分かるような高い完成度で、それが達成されている。
ニコラス・ケイジ自身がフィルム・ノワールの代表的俳優ハンフリー・ボガートをイメージしたと言っているように(※)、探偵事務所でケイジ演じる“スパイダー”ことベン・ライリーがエピソード2にて、ナイトクラブの歌手キャット(リー・ジュン・リー)の応対をするシーンは、これもフィルム・ノワール初期の“代表的”作品である『マルタの鷹』(1941年)の冒頭や、当時ローレン・バコールと相対するセクシーなシーンが話題となった『脱出』(1944年)を参考にしたことがうかがえる。本シリーズはカラー版、モノクロ版の2種で楽しむことができるが、とくに後者ではニコラス・ケイジがボガートそのものに見えてくるくらい、一種の“霊感”をまとってみせている。
もともと、このドラマシリーズの原作となった『スパイダーマン・ノワール』は、2009年から開始されたマーベル・コミックのシリーズ「マーベル・ノワール」の一部である。このラインナップには、他にも『X-MEN・ノワール』や『デアデビル・ノワール』、『ルーク・ケイジ・ノワール』、『アイアンマン・ノワール』などが存在する。そのなかで『スパイダーマン・ノワール』は好評を博し、先んじて主人公がアニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)に登場していたことが記憶に新しい。
既存のスーパーヒーローたちの設定を大胆に改変し、1930年代のハードボイルド小説や、それに続くフィルム・ノワールの退廃的なテイストを盛り込むという原作の趣向は、コミックの側から映画の源流へと遡る一種の先祖返りでもあった。しかし、アメリカにおけるコミックの歴史そのものも、じつはきわめて古い。DCコミックスの社名の由来であり、その原点ともいえるアンソロジー『ディテクティブ・コミックス』もまた、当時の探偵小説から多大な影響を受けて誕生したものだ。
特筆すべきは、この媒体がフィルム・ノワールという映画ジャンルが本格的な人気を獲得する1940年代よりも以前、1937年に出版されているという事実である。そうした豊かなジャンルの時代の層のなかで、「マーベル・ノワール」において最も人気を博した『スパイダーマン・ノワール』が、実写ドラマ『スパイダー・ノワール』として再生産されている。これは、映画とコミックが互いに影響を与え合ってきた歴史の厚みをさらに積み上げるものであり、表現の世界が持つ複雑さをあらためて認識させられる。
























