森七菜はなぜ『炎上』を初主演作に選んだのか トー横で咲いた救いなき“天国”

森七菜はなぜ『炎上』を初主演作に選んだ?

 そして、その毒々しいコントラストに包まれた作品全体の手触りは、観ているこちら側まで飲み込まれそうになるほど生々しく、危うい。まるで「ガラスの破片が混じった甘い泥水」をゆっくりと飲み込んでいるような、もしくは飲み込まされているような感覚に陥るのだ。強烈な気持ち悪さと息苦しさ、それとちょっぴりの「多幸感」。作品全体がもたらすこの麻薬的な没入感は、観ていて非常に苦しくなるのだが、目を離すことはできない。

 この麻薬的な世界観の中では、当然、グロテスクな描写や性的なシーンも登場する。ここで驚かされるのが、その革新的な演出アプローチだ。本作はそうしたシーンにおいて、直接的な描写をそのまま見せることはしない。かといって、安易に暗転や省略で逃げるわけでもない。「ピンクのラメラメのバイブ」といった毒々しいメタファーに置き換えたり、「汚れを相殺する」ために頭の中で爆音のベートーヴェンを鳴り響かせたりと、演出表現として見事に落とし込んでいるのだ。

 それは決して上品な「見せない美学」などではない。ポップなアイテムに変換し、誤魔化そうとする彼女たちの防衛本能を描くことで、より残酷にわからせてくる。そのポップで無邪気な表現が、逆に観客の想像力を容赦なく掻き立てるため、生で見るよりも遥かに痛々しく感じてしまう。この逆説的な演出を容易く使いこなす長久允監督が心底恐ろしい。

 その先進的な演出の凄みは、じゅじゅの過去を描く回想シーンでも爆発していた。劇中、彼女のトラウマの元凶である「父親からの体罰シーン」が何度も繰り返しフラッシュバックする。しかし、1つとして同じカットは使い回されず、じゅじゅの心理状態や置かれている状況によって、カメラのアングルも、光の当たり方も、映り方も見事に変化していく。全編を通して1つひとつのカットに一切の手加減が感じられないこの執念深い演出には、ただただ圧倒された。

 基本的には救いのない物語だ。だが、日本で一番死が近いこの場所で、じゅじゅは確かに一瞬の「天国」を見たのだと思う。現代の日本映画が到達した、新しくて、痛くて、美しい地獄。ぜひ劇場で、その泥水を飲み込むような衝撃を体験してみてほしい。

■公開情報
『炎上』
全国公開中
出演:森七菜、アオイヤマダ、曽田陵介、古舘寛治、松崎ナオ、新津ちせ、森かなた、髙橋芽以(LAUSBUB)、高村月、きばほのか、月街えい、川上さわ、ユシャ、みおしめじ、広田レオナ、一ノ瀬ワタル
監督・脚本:長久允
音楽:岩井莉子(LAUSBUB)、山田勝也、小嶋翔太(愛印)
主題歌:窓辺リカ「炎上」
制作プロダクション:Ghostitch、Lat-Lon
配給:NAKACHIKA PICTURES
公式サイト:https://enjou-movie.jp
公式X(旧Twitter):@enjou_movie

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