『ユージュアル・サスペクツ』映画文法をハックする極上の罠 観客を“共犯者”にする脚本術

『ユージュアル・サスペクツ』脚本術を紐解く

 いかに見事な作り話であっても、受け手側の共犯関係なしに嘘は成立しない。ではなぜ我々観客は、彼の語るでっち上げをあっさりと信じ込んでしまったのか。それはキントが、映画ファンが好む「悲劇的なフィルムノワールのお約束」を完璧に提供してくれたからだ。

 元汚職警官のキートンは、裏社会から足を洗い、愛する女性のために真っ当に生きようと苦悩している。これはハリウッド映画における美しきアンチヒーローの完璧なテンプレだ。クイヤン捜査官は「キートンこそが事件の黒幕だ」と疑ってかかるが、逆に我々観客は、冒頭で殺された彼を悲劇の主人公として物語の主軸に据え、そのドラマチックな生き様に感情移入してしまう。

 キントが恐ろしいのは、このキートンという駒を使って、捜査官と観客の両方に別々の罠を仕掛けていることだ。彼は自分から「キートンが犯人だ」と名指しすることは決してない。ただ取調室の隅で無害な弱者の仮面を被り、陰に隠れる。そうすることで、クイヤンには「悪を裏で操る黒幕」としてのキートンを推理させ、観客には「見えない悪魔に立ち向かう悲劇の主人公」としてのキートンを差し出したのだ。

 つまり彼は、エリート捜査官の「手柄を立てたい先入観」と、観客の「主人公の物語に酔いしれたい欲望」を同時に満たす極上のエサを与え続けていたのである。我々はキートンの悲劇に涙し、見当違いの推理に夢中になるあまり、目の前の語り手キントから完全に意識を逸らされていた。マッカリーがハックしたのは、我々観客の知的優越感だったのである。

 伝説の犯罪王ソゼ(Söze)の名が、トルコ語で「言葉」を意味する語源に由来する説は、極めて示唆に富んでいる。実体を持たず、物語によって恐怖を伝播させる彼は、まさにスクリーンという虚構を通じて観客を支配する「映画そのもの」の擬人化といえるだろう。

 虚構によって我々の欲望と慢心を存分に満たした本作は、終盤に至ってさらなる残酷な牙を剥く。クライマックスでは、麻薬船の強奪という極上エンターテインメントが展開された。しかし事後捜査により、船には最初から麻薬など積まれていなかったことが判明する。真の目的は、ソゼの顔を知る唯一の密輸業者を確実に暗殺すること。宝石強奪も、派手な銃撃戦も、すべてはたった一人の男を消すための壮大な目くらましだったのだ。

 つまり、我々が手に汗握って見つめていた2時間の映画体験は、実は本筋とは何の関係もない「完全に空っぽの箱」だったのである!

 だがよくよく考えてみれば、エンターテインメント映画自体が、空っぽの箱を魅力的な嘘で塗り固め、観客を熱狂させる壮大な手品だ。マッカリーは本作を通じ、「エンタメとは所詮、美しい虚像である」という残酷な本質を、冷徹なメタ視点から突きつけてみせた。我々が最後に味わうカタルシスは、謎が解けた快感などではない。「自分たちの知性がいかに安っぽい物語に支配されていたか」を自覚させられる、心地よい敗北感である。

 『ユージュアル・サスペクツ』は、人間の思い込みや映画文法への盲信を容赦なくハックし、観客を偽りの物語を信じ込む共犯者へと仕立て上げた。その企みは、公開から30年以上を経た今でもまったく色褪せていない。リバイバル公開という絶好の機会に、ぜひ劇場で、自らのジャンル信仰が心地よくへし折られる快感を味わってほしい。

参照
※ https://www.imdb.com/title/tt0114814/trivia/
※ https://www.creativescreenwriting.com/christopher-mcquarrie-the-screenwriters-journey/
※ https://scriptmag.com/screenplays/the-usual-suspects-unreliable-narrator
※ https://collider.com/the-usual-suspects-unreliable-narrator-subversion/
※ https://www.scriptslug.com/script/the-usual-suspects-1995

■公開情報
『ユージュアル・サスペクツ』
全国85館にて公開中
監督:ブライアン・シンガー
脚本:クリストファー・マッカリー
出演者:スティーヴン・ボールドウィン、ガブリエル・バーン、チャズ・パルミンテリ、ケヴィン・ポラック、ピート・ポスルスウェイト、ケヴィン・スペイシー、スージー・エイミス、ジャンカルロ・エスポジート、ベニチオ・デル・トロ、ダン・ヘダヤ、ピーター・グリーン、クリスティーン・エスタブルック、ジャック・シアラーほか
TM & ©2003 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.
1995年(日本公開1996年)/アメリカ/105分
公式サイト:https://filmarks.com/movies/18944

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