“クソダサい”イ・ビョンホンが誕生 『しあわせな選択』が突きつける現代社会の異常性

『しあわせな選択』が暴いた現代の異常性

 特に、中年3人がもみくちゃになって殺し合いに発展するシーンは至極だ。音、映像、演技、どれをとっても最高潮に最悪でおかしく、馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げる。この狂騒を極限まで高めているのが、劇中で爆音で流れるチョー・ヨンピルの「赤とんぼ」だ。韓国の国民的なノスタルジーソングであり、「今でも僕は幼いのか」「お母さん なんでこんなに逢いたいのか」と無邪気な少年時代を懐かしむ美しいメロディが、取っ組み合う中年男、女たちの背景に大音量で響き渡る残酷なコントラスト。このパク・チャヌク特有の“悪趣味演出”には、思わず乾いた笑いが漏れてしまう。

 そして、本作における真の影のMVPは、マンスの妻イ・ミリを演じたソン・イェジンであることは間違いない。本作における男女の扱われ方の差は、ある意味で非常に前時代的だ。職を失ってプライドをへし折られるのも、一方的に標的にされて無惨に消されていくのも全員「男」だ。対して女性は、家族を支えるキャラクター、あるいは別軸で生きる者として登場する。子連れ再婚という要素が、このブラックな喜劇を回すための一つのギミックとして巧みに機能しているのも面白い。

 だが、そんな構図の中で、家庭を守るために生きる女たちはひたすらに逞しく、いざとなれば男どもの一歩も二歩も先を行ってしまうのだ。「母は強し」を、これほどまでにブラックに昇華してみせた手腕には脱帽だ。

 本作からは様々な現代的メッセージが読み取れるが、個人的に最も痛烈に感じたのは、“幸福を維持することの異常性”だ。家を持ち、家族を養い、社会的なステータスを保つ。そんな一見「しあわせな選択」に思えるものを守り抜くために、どこまでも倫理を捨ててしまった男・マンス。リストラという社会のシステムによって弾き出された彼が、社会への復讐に向かうのではなく、同じ境遇の弱者(ライバル)をキルしていく。これはまさに現代の格差社会のリアルを露悪的に映し出している。笑えるのにどこか痛々しいのは、我々もまた、この狂った椅子の奪い合いの参加者だからだろうか。

 ドメスティックでもなければ、グロテスクでもエロティックでもない。今作はチャヌク作品の中でも際立った“芸術性”を持たせたタイプの映画ではないかもしれない。だが、細部まで計算し尽くされた映像美の中で、皮肉の効いたラストは今回もしっかりと健在だった。もはやパク・チャヌクは「皮肉ラスト職人」である。その至高の職人芸を、ぜひ劇場で味わってほしい。

◼️公開情報
『しあわせな選択』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン
監督:パク・チャヌク
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
2025年/韓国/韓国語・英語/カラー/スコープサイズ/139分/日本語字幕:根本理恵/原題:No Other Choice/PG-12
©2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED.

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「週末映画館でこれ観よう!」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる