“アイドルの恋愛禁止ルール”は人権侵害か? 『恋愛裁判』が示した論点を徹底検証

「恋愛禁止ルール」というのは、彼女たちの勤務時間を超えて、プライベートの全ての時間にも適用される。それは、日本国憲法の「基本的人権の尊重」に背く取り決めである可能性がある。具体的には、プライバシー権、自己決定権、人格権などを包括した、個人の「幸福追求の権利」に抵触しないかということだ。そうなると、そもそも契約そのものに人権を制限するような違法性が存在する疑いが出てくる。ここまでいくと、もはや日本のアイドルビジネス自体の根幹を揺るがす話になるのではないか。
例えばアメリカにも、「ティーンアイドル」という存在がいる。彼らの多くは若さゆえに技術的、精神的に発展途上であり、ファンを熱狂的に盛り上げ、一部の「ガチ恋勢」も存在するという点で、日本と同じだといえる。しかし根本的に違うところは、このアイドルの多くは大人のポップスターへのキャリアアップを前提にしていて、恋人を作ってプライベートを充実させることも、個人のステータスとして、ファンの評価や羨望の対象になり得るところ。もちろん、スキャンダルやイメージダウンになり得る相手であれば、戦略的に隠すこともあるのだろうが。
一方、日本では、特定の恋人を作ることとは、アイドルを辞めることを意味する場合が多い。なぜそうなるのかといえば、アメリカは基本的に個人主義を重んじる社会であり、日本は集団主義的な考え方をする社会であることが関係していると考えられるからだ。前者は個人の意志が尊重され、集団はそれを認めることを求められるが、後者は集団の意志に個人が従うことが求められる傾向があるということだ。
過去に、恋愛が発覚したある女性アイドルが、禊(みそぎ)として髪を切って坊主のような短髪になり、泣きながらファンに謝罪したといった、日本における悲痛な実例は、集団的な価値観の優先が、異様なまでに突出してしまった象徴として記憶されている。
日本において、とくに女性アイドルは、清廉さや無垢さが求められやすい。本作の劇中、法廷で真衣は言う。“アイドルという存在が恋愛をしないものだということは、子どもの頃から漠然と分かってはいた”……これは、集団的な認知のなかに彼女もいたことが分かる点だ。しかし、こうも言う。“恋愛とはどんなものかを、そのときは分かっていなかった”と。
人が人を愛するとき、激情に突き動かされ常軌を逸した行動をとってしまうケースは、しばしばあるものだ。真衣もまた、マネージャーの見ている前で、間山の車に乗り込んで去るといった、自分のキャリアを捨てるような背信的な行動に出た。その日、昼間に命を脅かされる事件を経験したことが影響しているとはいえ、あまりに軽率だという意見は正しいだろう。しかし、恋愛がここまで理性を狂わせるものだというリスクを理解するには、契約書に判を押した時点の彼女は若過ぎたのではないのか。
「自己決定権」を振りかざすのであれば、彼女自身もまた、アイドルビジネスのルールを承諾し、そこに加担して利益を得ていたのではないか……そういった疑問ももっともだ。だが、まだ人生の判断をするには早過ぎる子どもたちが、憧れだけで業界に入れてしまう状況があり、その上で成長していく人格を縛り続けるルールを大人たちが課すことは、果たしてビジネスとして全く問題ないといえるのか。本作は、そういった気づきを、真衣の境遇を通して観客に与えてくれるのだ。
本作は、ファンの立場にも目を配ろうとする。劇中において、暴走して凶器を振るう一ファンには、擁護できる部分はない。定められたルールのなかでアイドルを応援するファンが大半だからだ。しかし、ファンが凶行に及んでしまうきっかけをアイドルビジネスそのものが生んでしまった面にも、目を向ける必要があるのではないか。
「ガチ恋」といった感情を利用したり、人気投票などで義務感や達成感を煽ることは、“感情を換金する”方法としては、かなり強力なものだ。とはいえ、それが強いからこそ、負のパワーが発生するリスクもある。集金にこだわったシステムを作れば、相応の見返りが得られないとして怒りを表したり、恋愛が発覚したときに激昂するファンも出てくるだろう。そんな潜在的なリスクを考えれば、ファンが直接アイドルと触れ合えるといったサービスを提供するアイドル本人たちは、命の危険にさらされている部分もあるといえよう。
映画は、そういった諸々の山積した人権問題の存在と、それをめぐる事務所、アイドル、ファンという、システムを構成する3つの立場から、さまざまな見方を取り上げている。しかし、それらをどうするべきかの結論までは、はっきりと明言せず、その答えを観客に委ねている。
キラキラしたステージに立つアイドルたちの裏には、さまざまな人間のドラマがある。本作『恋愛裁判』は、その裏側にうごめく感情を、社会問題とともにロジカルに映し出していく一作である。これを観てしまった以上、現実のアイドルを目にしたときに、以前のような見方ができなくなったことに気づく観客も少なくないだろう。
しかし、新たな世界の見方を提示することもまた、映画の力だ。アイドルについての問題にかかわらず、現実の状況に改善すべき点があり、それぞれの立場の人たちが犠牲にならない社会を作ろうとするならば、まずそこに課題や問題があることを知ることが出発点となる。映画という媒体には、そうした役割を引き受ける面もあるのだ。
■公開情報
『恋愛裁判』
全国公開中
出演:齊藤京子、倉悠貴、仲村悠菜、小川未祐、今村美月、桜ひなの、唐田えりか、津田健次郎
企画・脚本・監督:深田晃司
共同脚本:三谷伸太朗
音楽:agehasprings
主題歌:「Dawn」yama (Sony Music Labels Inc.)
制作プロダクション:ノックオンウッド、TOHOスタジオ
配給:東宝
製作:「恋愛裁判」製作委員会
©2025「恋愛裁判」製作委員会
公式サイト:https://renai-saiban.toho.co.jp/
公式X(旧Twitter):@ren_ai_sai_ban
公式Instagram:@happy_fanfare
公式TikTok:@ren_ai_sai_ban



























