細田守はなぜ名演出家と言われた? 『ウテナ』『おジャ魔女』『デジモン』で見せた演出術

最新作『果てしなきスカーレット』の公開によって、あらためて注目を浴びているアニメ監督の細田守。その作風としては、他の監督にはない作家性の強さばかりが取り沙汰されるが、実は物語を巧妙に盛り上げる演出能力にも長けている。むしろキャリア初期には、“名演出家”という評価のほうが目立っていたほどだ。
そこで本稿では、細田がこれまで披露してきた演出術に注目。あらためて過去の作品群を振り返り、どんな映像を作り出してきたのか紹介したい。
何十年も語り草となった『少女革命ウテナ』での演出
細田は元々東映動画(現・東映アニメーション)に入社したことからアニメ業界に入った。当初はアニメーターだったが、1990年代後半から演出家として頭角をあらわしていく。そのなかでも橋本カツヨ名義で参加した1997年のTVアニメ『少女革命ウテナ』ではとくに目覚ましい活躍を見せた。
たとえば演出・絵コンテを担当した第20話「若葉繁れる」は、細田演出の代名詞とも言える「同ポジション」が効果的に用いられている。「同ポジション」とは同じ構図のカットをあえて何度も登場させることで、そこに描かれる人や物の変化を強調するという手法のことだ。
同エピソードで物語の中心となっているのは、それまで主人公の親友として描かれてきた少女・篠原若葉。若葉は鳳学園の生徒会副会長・西園寺莢一に片思いしているという設定で、学園を追放された彼を居候として匿い、ゆがんだ自己愛を満たすが、その心はやがて暴走に至る……。
注目すべきは、繰り返し描かれる若葉の下校シーン。ここでは若葉が学園から出て家まで歩いていく様子が、「同ポジション」を用いたロングショットで捉えられている。一見何の変哲もない日常風景だが、実はその演出には深い意味が込められていた。
そもそも『少女革命ウテナ』の世界は、ほぼすべて人工的な美しさに満ちた学園のなかで完結しており、メインキャラクターはその舞台上でドラマチックな物語を生きる存在。しかし若葉だけは学園の外に出て、ありふれた街並みのなかで暮らしている。すなわち彼女は学園のなかに生きる“特別な人”ではなく、学園の外の現実に生きる“普通の人”に過ぎない、という残酷な現実が示唆されているのだ。
さらに一連の下校シーンには、西園寺を家に居候させることになった若葉の心理状態も色濃く反映されている。特別な人と接点を持つことで自分も特別な存在になれるのではないかという期待と、彼を失って普通の存在に戻ることへの恐怖が、若葉の下校中の動きに表れている。ここで重要なのは、「同ポジション」で構図が固定されていることによって、わずかに変化する若葉の動きが対比的に際立っていることだ。
このエピソードでは登場人物の心境がセリフではなく画の力で表現されることで、物語に大きな深みが生まれており、高度な演出力を感じさせられる。
また細田は『少女革命ウテナ』において、有栖川樹璃というキャラクターに焦点が当たる回を担当していたことでも有名。なかでも第29話「空より淡き瑠璃色の」は作中屈指の人気エピソードだ。
樹璃は幼なじみの枝織に強い好意を抱いているが、その想いは決して報われることがなく、先輩の瑠果を含めた複雑な恋愛模様が繰り広げられる。それを分かりやすく描くために細田が用いたのが、“三つの椅子”による演出だった。
三つの椅子は広々とした部屋の中央で、三角形を描くように並べられている。そして冒頭では樹璃が左上の椅子に座っているカットが登場し、その後は瑠果が中央下、枝織が右上に座ったカットがそれぞれ描かれる。これは3人が三角関係を繰り広げていることを示唆するのだが、椅子の向きによってそれぞれが誰に想いを向けているのか分かるようになっている。さらにそれだけでなく、人間関係の変化に応じて、椅子の向きが変わるという仕掛けも隠されていた。
登場人物たちの心情を鮮やかに描写することに加えて、複雑なストーリーをたった1話に凝縮するという離れ業。“演出家・橋本カツヨ”が多くの熱狂的なファンを生むことになった所以だ。なお、こうした「象徴的構図」によって物語のテーマを示唆する手法は、「同ポジション」と並んで細田の十八番として定着していく。
“細田演出”の集大成……2つの劇場版『デジモンアドベンチャー』
各話演出として着実に実力をつけていった細田が、初めて監督を担当したのが1999年の映画『デジモンアドベンチャー』だった。同作はTVアニメ『デジモンアドベンチャー』の前日譚にあたり、まだ幼かった頃の太一とヒカリが主人公となっている。
ある日パソコンの画面から卵が飛び出してきて、ボタモンからコロモン、アグモン、そしてグレイモンへと進化していき、街に現れたパロットモンを倒すというシンプルなプロット。映像の尺も約20分と短いのだが、それを感じさせない密度で独創的な世界観を描き出している。
BGMとして作中を通して流れるラヴェルの「ボレロ」、どことなく奇妙で恐ろしい生物としてのデジモン、子どもたちの世界で起きた一夜の冒険……。極めつけは、真夜中の団地をアグモンに乗ったヒカリが徘徊していくシーンだ。なにげない描写だが、夜の世界がいつもの日常と違うよそよそしさをもって感じられる……という子どもの体験がリアリティたっぷりに表現されていた。また演出の手法としては、『少女革命ウテナ』でも見せた固定カメラのロングショットが用いられている。
さらにその翌年の2000年に制作したのが、名作として名高い劇場版『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』だった。こちらも「ボレロ」がBGMとして使われているが、内容としてはTVアニメの後日譚となり、デジモンワールドから現実世界に戻ってきた太一たちの活躍が描かれている。
突如インターネット上に新種のデジモンが登場。社会に混乱を巻き起こしていき、最終的には米国の軍事基地から核ミサイルが発射されてしまうというストーリーで、太一は仲間たちに協力を呼び掛けて世界を救おうとする。
「同ポジション」を多用したコミカルでテンポのいい演出が特徴的で、約40分という尺に全世界の存亡をかけた戦いを圧縮する技術には驚くしかない。また真っ白な背景に記号が散らばったデジタル空間は、『サマーウォーズ』などその後の細田作品でお馴染みの表現となった。
とくに演出面で注目したいのは、登場人物たちの背後に描かれた団地の窓から、真っ青な青空を横切る飛行機雲が映し出される場面だ。この後、核ミサイルが発射されたという情報が出てくることで、飛行機雲がミサイルの暗示だったことが明らかになる。しかも空の部屋が映ったカットでは、窓の外に見える飛行機雲との対比として、鏡に反射した時計が映し出されていた。これはミサイル起動までのタイムリミットを示唆する象徴的な表現と考えられるだろう。
ほかにもタイムリミットまでのカウントダウンを、太一の母がケーキを焼き上げるまでの時間や、丈が受けていた中学受験の試験時間と重ね合わせており、いかに物語を面白く魅せるかという工夫が凝らされている。いわば初期の細田演出の集大成と言ってもいいのではないだろうか。






















