興行的に厳しいが高クオリティ? 『ChaO』『トラペジウム』など愛すべきアニメ映画たち

『ChaO』など愛すべきアニメ映画たち

 『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が歴代トップ級の勢いで興行収入や観客動員数を伸ばし、アニメ映画の人気ぶりに関心が集まっているが、実際には多彩なアニメ映画が公開されては、大勢の人に届かないままスクリーンから去っていく状況も続いている。8月15日に公開された青木康浩監督の『ChaO』も、圧巻の作画とコミカルでそれでいて泣けるストーリーで熱い評判を集めながら集客は今ひとつ。ほかにも同じような状況の作品がいくつも並ぶなか、こうしたアニメ映画を、どうすれば『鬼滅』や新海誠監督作品とまではいかなくてもスマッシュヒットと呼べる状況に持っていけるのか?

クチコミの評価が高まりはじめた『ChaO』

『ChaO』©2025「ChaO」製作委員会

 構想から完成までの期間が9年、総作画枚数は実に10万枚といった話が聞こえてくるアニメ映画『ChaO』。制作したSTUDIO4℃は高品質のアニメ映画を数多く手がけていることで知られるアニメ制作会社で、『この世界の片隅に』の片渕須直監督による『アリーテ姫』(2001年)や湯浅政明監督『マインド・ゲーム』(2004年)、五十嵐大輔の漫画を原作にした渡辺歩監督の『海獣の子供』(2019年)など、映画祭などで賞を獲得したアニメ映画がずらりと並ぶ。

 STUDIO4℃のオムニバス作品『MEMORIES』の1本「彼女の想いで- MAGNETIC ROSE」を監督した森本晃司は、『音響生命体ノイズマン』(1997年)やGLAYの楽曲「サバイバル」のミュージックビデオも手がけ、世界中にファンを持つクリエイターだ。『ChaO』にもロボデザインで参加しており、映画の中でしっかりとした存在感を見せている。

『ChaO』©2025「ChaO」製作委員会

 そんなSTUDIO4℃が企画から立ち上げた『ChaO』は、ハイセンスなデザインのキャラクターたちが、豊かな表情や仕草を見せながら動き走り戦うという、相変わらずの作画力の高さを見せてくれる。ストーリーのほうも、人魚の少女が人間の青年に約束だからと迫っていく関係を描いて、最初はドキドキとさせ途中からハラハラとさせ、最後にハッと気づかせ涙を誘うフィナーレへと持っていく。100点満点で120点を付けたくなる完璧さを持つ作品というと言い過ぎかもしれないが、いずれにしろ高いクオリティにもかかわらず世間の誰もが話題にしているといった雰囲気はない。

 観さえすれば感動できることは間違いないが、観てもらうまでが大変だといういくつものアニメ映画が直面している壁に、『ChaO』もぶち当たっている。漫画の原作があったり、TVシリーズの延長にある長編だったりする作品と違って、人に観にいこうと思わせるまでの導線をなかなか作れないのだ。

 人魚姫の物語のようで最後に誰もがハッピーな気持ちになれるストーリーだと言っても、CVに人気俳優の鈴鹿央士や山田杏奈が起用されていると言っても、それで観てみようと思う人は限られる。面白い体験ができるという確信を与えるには、観た人たちによる口コミが必要な時代になっているが、その部分でようやく動きが始まったところ。うねりとなる前に終映となってしまう映画館も出てきそうだ。

『ChaO』©2025「ChaO」製作委員会

 収支だけなら上海を舞台にしているということで、中国を始め海外での人気を見込めるかもしれない。アヌシー国際アニメーション映画祭で準グランプリの審査員賞を受賞したことで、海外マーケットからの引き合いも多いだろう。それでも、日本の観客にこそ存在を知ってもらいたいというアニメ好きは多い。作り手としても思いは同じだろう。そこで必要なのは、何でもいいから興味を誘う情報の提示だ。日本でも大ヒットした『少林サッカー』(2001年)で監督・主演を務めたチャウ・シンチーの作品をオマージュしたようなところがあるといった。

 覚えのない押しかけ女房という設定は、古くは押井守監督の長編デビュー作品『うる星やつら オンリー・ユー』(1983年)から、最近では吉浦康裕監督『アイの歌声を聴かせて』(2021年)まで、いろいろな作品と重なるところがある。そうした情報が伝われば興味を持つ人が出てくるかもしれない。何より圧倒的な力を持った映像は、スクリーンで観てこそ真価を感じ取れる。そうした認識が醸成するのが先か、終映に追い込まれるのが先か。今がまさにその分かれ目だ。

公開後もファンの熱量が続く『トラペジウム』

『トラペジウム』©2024「トラペジウム」製作委員会

 公開中に出てきた評価がなかなか広がらないまま公開を終えてしまった後で作品性が認められて、ジワジワと関心を高める。そして、公開中に観ておけば良かったという気持ちを誘う。乃木坂46のメンバーだった高山一実がアイドル時代の経験も踏まえて書いた小説を原作に、篠原正寛監督がアニメ映画化した『トラペジウム』(2024年)もそんなアニメ映画のひとつだ。公開を終えて1年近くが経った現在も、人々の口に上ることがある。オンラインで有志を募って行われる上映会もほぼ満席となる。劇場で観てみたかったという層が存在している証だ。

 逆に言うなら、『トラペジウム』を公開時に見逃してしまった人がいるということだ。人気アイドルの原作で、上田麗奈や羊宮妃那といった人気声優も出演していた。『ぼっち・ざ・ろっく!』のアニメで活躍していたアニメーターのけろりらも参加していた。好条件はそろっていたが、公開されてすぐSNSで批判めいた言説が拡散されて二の足を踏む人を生み出してしまった。

映画『トラペジウム』本編シーン映像「こんな素敵な職業ないよ」編|大ヒット上映中

 アイドルになりたいと願い突き進む東ゆうのエキセントリックな言動に関する指摘には言い得て妙のところもあったが、それをゆうの真摯さであり執念と捉えることで見方が変わる。ゆうの頑張りが空回りして崩壊に至り、落ち込んでいたところから自省し再起を目指すストーリーは実に感動的。挫折に迷う人を励まし導くメッセージ性がある。

 説明的なセリフをあまり使わずキャラたちの動きと必要最小限の言葉によってシーンを紡ぎ次へと繋げるテンポのよい編集も、観ているひとを流れに乗せてゆうの日々に引きずり込む。アイドルグループ「東西南北(仮)」としてデビューを飾ったゆうが、お披露目のライブでひとり「自由にやっちゃえよ」と歌うシーンをピークと捉え、そこまでの盛り上がりとそこからの転落を分かつ象徴として確認したいがために、何度となく映画館に通った経験の持ち主なら、実に考え抜かれた作品だったことに気づけているだろう。

 何度も観返せばそうした悦楽の境地に至れるが、リピーターだけでは観客層は広がらない。アイドルファンやアニメ好きに限らず、一般の観客に少女たちが迷いながら青春を生きる物語であることを、もっと知ってもらう必要があったのかもしれない。

超平和バスターズメンバーの近作

『ふれる。』©2024 FURERU PROJECT

 『ChaO』の青木監督も『トラペジウム』の篠原監督も、宮﨑駿監督や新海監督、細田守監督のような、“名前”が作品を語る要素の結構な部分を占める作家たちほど広く一般に知られた存在とは言い難い。その点で、『ふれる。』(2024年)の長井龍雪監督は、『きみの色』(2024年)の山田尚子監督と同様にアニメ映画の世界で常に名前が取り沙汰される側に位置している。

 TVアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が話題となり劇場版が作られ、脚本を担当した岡田麿里と組んで『心が叫びたがってるんだ。』(2015年)や『空の青さを知る人よ』(2019年)を送り出し、次代を担うアニメ監督のひとりと目されるようになっていた。

『ふれる。』©2024 FURERU PROJECT

 岡田は自身の監督作として『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年)や『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023年)といった秀作を手がけて名を上げていたなか、長井監督が改めて彼女を脚本に迎え作ったのが『ふれる。』だ。岡田の高まった認知度が加わりあのYOASOBIが主題歌を手がけるという話題性も乗って、新海監督のような広がりを持つようになるのではといった期待がかかった。

 実際には同時期の『きみの色』や、実写畑の山下敦弘監督とアニメーター出身の久野遥子監督が共同で手がけた『化け猫あんずちゃん』(2024年)と比べて、抜きん出た評価を得たとは言えない。『とある科学の超電磁砲(レールガン)』や『あの夏で待ってる』といったTVシリーズで熱い支持を集めている長井監督でも、映画の世界で抜きん出た存在になるのは大変そうだ。

 『ふれる。』のストーリーは、子供の頃に同じ島で暮らしていた3人の子供たちに以心伝心のような能力が生まれ、一緒に暮らすようになってわかりあえる日々を享受していたが、ある事態が起こって関係がギクシャクし始めるというもの。シチュエーションとして興味を誘われる内容で、男性も女性も大人になって心を開放しづらくなる状況を捉えたところもあった。対象となるのはどちらかといえば若い社会人の男性や女性で、そうした層への広がりを狙って、永瀬廉や坂東龍汰、前田拳太郎といった俳優をキャスティングしたところがありそうだが、アニメ映画を観に来させるためにはもう一段の内容の認知なり、監督への関心が必要だったのかもしれない。

 彼が『ふれる。』の前に手がけていたゲームアプリ向け配信アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ウルズハント』に新規カットを加えた『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ウルズハント -小さな挑戦者の軌跡-』が10月31日から劇場公開される。また、『とある科学の超電磁砲』の第4期でも監督を務めることが発表されている。クリエイターとして支持を得ている表れで、その発想が届く環境さえ整えば、改めてオリジナル作品でポスト宮﨑・細田・新海といったところを狙ってくるだろう。

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