荒井晴彦作品は誰かの“逃げ場所”になってくれる 『星と月は天の穴』の滑稽さと愛おしさ

高校生の頃、『Wの悲劇』の昭夫に自分を重ねた私は、今、綾野剛演じる矢添の姿に、また別の痛みを伴う共感を覚えている。年齢を重ね、ある程度の経験を積んでもなお、人はいつだって愛をこじらせる。矢添は自分のプライドを守るために臆病になり、傷つくことを恐れて“道具”として女性を見ようとするが、結局はその生身の温度に負けてしまう。綾野剛は、そんな矢添という男の枯れかけた色気と、内面に抱える矛盾を見事に体現している。そして、新星・咲耶が演じる紀子の存在感も素晴らしい。彼女は、男が勝手に作った聖域に土足で踏み込み、その閉じた世界をこじ開けていく。

タイトルにある「天の穴」。それは、矢添が抱える欠落であり、彼が逃げ込もうとした孤独な世界のことかもしれない。しかし、その穴は、紀子という他者によって、あるいは映画というメディアによって、覗き込まれ、埋められ、やがて夜空の星や月のように、あるがままの形として肯定されていく。綾野剛自身がインタビューでも語っていたように、この物語は「言葉の美しさと滑稽さ」に満ちている。滑稽であることは、決して悪いことではない。人は滑稽であるからこそ、愛おしいのだと、この映画は優しく囁く。

自分のことを愛せない、誰かに愛されることが怖い、そんな思いを抱えている、抱えたことがある人はたくさんいるはず。『星と月は天の穴』は、そんな誰かのための、“逃げ場所”になりえる作品であるように思う。スクリーンの中で、ブランコを漕ぐラストシーンの紀子の姿を見つめながら、改めて思った。やっぱり私は、荒井晴彦の映画が、どうしようもなく好きなのだと。
■公開情報
『星と月は天の穴』
テアトル新宿ほか全国公開中
出演:綾野剛、咲耶、岬あかり、吉岡睦雄、MINAMO、原一男、柄本佑、宮下順子、田中麗奈
脚本・監督:荒井晴彦
原作:吉行淳之介『星と月は天の穴』(講談社文芸文庫)
撮影:川上皓市、新家子美穂
照明:川井稔
録音:深田晃
美術:原田恭明
装飾:寺尾淳
編集:洲﨑千恵子
音楽:下田逸郎
主題歌:松井文「いちどだけ」ほか
写真:野村佐紀子、松山仁
製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
レイティング:R18+
©2025「星と月は天の穴」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/hoshitsuki_film/





















