『小さい頃は、神様がいて』北村有起哉の絶妙なバランス感 “不器用な愛”が成立した理由

『小さい頃は』北村有起哉の絶妙なバランス感

 本作には渉たちが暮らす東京郊外のマンション「たそがれステイツ」を舞台に、さまざまな年代の家族が登場する。1階に住んでいるのは、シニア夫婦の永島慎一(草刈正雄)とさとこ(阿川佐和子)。慎一は渉と同じく「一緒にやろう」が言えなかった男性で、家事育児はさとこに任せっきりだった。しかし、さとこは離婚を選ばず、慎一は定年退職後、罪滅ぼしとして家のことに勤しんでいる。一方で娘夫婦が事故で亡くなり、孫を引き取って70代にして再び子育てを開始することになった2人は、かつてできなかった「一緒にやろう」を実現する。

 2階に暮らすのは、レズビアンカップルの樋口奈央(小野花梨)と高村志保(石井杏奈)だ。2人はとにかく仲が良く、作中では揉めるシーンが一切ない。その理由を渉から問われた奈央は「気持ちを毎日、いつでも伝え合ってるからですかね。伝えてるし、伝えてもらってるから濁りがないのかな」とした上で、「私は志保が好きなんで、こうしてなってほしいとか、こうであってほしいとか、そういうのないわけです。志保がいいんで」と答えていた。異性カップルの場合、「男/女はこうあるべき」という無意識の思い込みで相手に何かを強いることが往々にしてあるけれど、奈央と志保の場合はそれがない。何にしてもどちらがやるかは、お互いの得意不得意や、その時の状況に応じて、話し合いで決めてきたのだろう。将来に関しても2人で「いつか一緒にキッチンカーを開く」と決め、そのために切磋琢磨してきた。先日、最終回を迎えた『ぼくたちん家』(日本テレビ系)では、及川光博と手越祐也演じるゲイカップルが、同性婚が認められておらず、婚姻届が出せない代わりに、ずっと一緒に暮らせる理想の家を探そうとする。同作の言葉を借りるなら、キッチンカーを開くという夢が奈央と志保にとっての”かすがい”なのだろう。

 そういうものが、渉とあんにもあればまた違ったのかもしれない。今までは“子はかすがい”でやってきたが、2人の子どもはすでに成人して子育ての必要がなくなってしまった。慎一とさとこのようにまた一から子育てをするという選択肢もなければ、奈央と志保のように共通の夢を追うという選択肢もない。今から「一緒にやろう」を実現しようにも、一緒にやるための肝心な中身が何もないのだ。だからこそ、渉は「愛しているから離婚する」と離婚を受け入れ、あんは宣言通り、その日を境に家を出て一人暮らしを始める。それも一つの選択肢だろう。実際、子どもたちを含めた小倉家の解散パーティは感動的だったし、相手のために別れを受け入れて旅立ちを応援するのは究極の愛だ。しかし、それがこの物語のゴールではなかった。

 離婚後、渉はビデオメッセージを通じてあんに思いを伝える。

「なんで、もっとどうしてほしいか、言ってくれなかったんですか? 馬鹿な僕にさ、何度でも何度でも、どうして伝えてくれなかったの? それがなんだか悔しいです。そんなに、僕に絶望したの? どうして? なんであんちゃんは諦めたの? どうして? それが悲しいし、情けないです。2人で一緒に乗り越えたかったよ」

 そこだけ切り取ったら、世の妻たちに「はぁ?」と思われて、炎上しそうな台詞だ。なぜなら多くの場合、妻は夫に散々、どうしてほしいかを伝えているから。だけど、何度伝えても夫が変わらず、失望して離婚するか、あるいは我慢して一緒に暮らし続けているケースが多い。たしかに渉があんに助けを求められたときにやったことは、あまりにもズレている。でも、それは性格だからどうしようもないことで、もしあんに具体的な指示を出されていたら、その通りにやったのではないだろうか。それ以前にあんが仕事を続けたがっていることを知っていたら、「戻ってきた時に自分の居場所はないんじゃないか」「出世できないんじゃないか」という不安を乗り越えて育休を取ってくれていたかもしれない。

 そう思えるのは、どんな人も愛すべきキャラクターに作り上げる岡田の手腕もあるが、演じる北村有起哉の力が大きい。北村といえば、『視覚探偵 日暮旅人』(日本テレビ系)、『アンナチュラル』(TBS系)、『いつか、ヒーロー』(テレビ朝日系)などで“悪役”として強烈な印象を残してきたが、NHK連続テレビ小説『おむすび』で演じたヒロインの父親役に代表される、本当に普通の人を演じることにも長けている。ただ渉の場合は世の平均的な父親のようでいて、実際は現実社会で探そうとしてもなかなかいない。不器用なりに一生懸命、家族を愛し、周囲の人に優しさを配る渉を、北村がコミカルかつチャーミングに演じてくれたからこそ、憎むどころか、どんどん好きになっていったし、前述した台詞もすっと心に沁み入る。

 あんの心にも渉の叫び、そして順からの「SOSはね、早ければ早いほどいいんだよ。そして強く伝えること。何度でも。決して諦めない。それが大事なんだよ」というアドバイスが刺さったようだ。だけど、今さら反省したところで、それもまた“過去”のこと。一緒にやるべきことがなくなった今、渉とあんはこれからどのような形でお互いと向き合っていくのだろう。本作は、「小さい頃は、神様がいて不思議に夢を叶えてくれた。大人になっても、奇跡は起きるだろうか?」という渉のモノローグから始まった。“奇跡”は、映画監督を志すゆずが追求する“ハッピーエンド”にも言い換えられる。渉とあんにとっての奇跡、ハッピーエンドを見届けたい。

『小さい頃は、神様がいて』の画像

小さい頃は、神様がいて

岡田惠和が完全オリジナル脚本を手がけるホームコメディー。3階建てのレトロマンションに住む、3家族の住人たちの物語が紡がれる。

■放送情報
『小さい頃は、神様がいて』
フジテレビ系にて、 毎週木曜22:00~22:54放送
出演:北村有起哉、小野花梨、石井杏奈、小瀧望、近藤華、阿川佐和子、草刈正雄、仲間由紀恵
脚本:岡田『小さい頃は、神様がいて』が最終回を迎えるが、こんなにもラストが想像できない作品も珍しい。愛すべきキャラクターに作り上げる岡田惠和の手腕もあるが、演じる北村有起哉の力が大きい。北村が引き出したキャラクター像を紐解きたい。
主題歌:松任谷由実
音楽:フジモトヨシタカ
演出:酒井麻衣
プロデュース:田淵麻子
制作プロデュース:熊谷理恵、渡邉美咲
制作協力:大映テレビ
制作著作:フジテレビ
©︎フジテレビ
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