『ばけばけ』は朝ドラ史に残る“ご機嫌な恋”を描いている ふじきみつ彦脚本の“魔法”を分析

朝ドラ『ばけばけ』(NHK総合)は、軽やかにいくつもの恋を描く。スキップするようにご機嫌な恋は、視聴者にとって思わぬ副産物をもたらした。なぜなら恋のその先に、主人公・トキ(髙石あかり)の人生そのものが浮かび上がってきたからだ。
第8週から9週にかけて、スキップする人々が描かれた。異人も武士もブシムスメも大盤石も学生も母も父もこぞってスキップを試みる。するとヘブン(トミー・バストウ)と周りの人々の心の距離が急速に縮まっていく。そればかりでなく、「大盤石」錦織(吉沢亮)はトキ曰く「人間」、いや、なんだか面白い人となり、「サムライ」勘右衛門(小日向文世)は突如「スキップ師匠」となり、恋にときめく。

スキップ、及びヘブンの言う「タタッタタ、タタッタタ」という音の連なりは、いわばふじきみつ彦脚本が本作にかけた魔法だ。それぞれの間にある、身分や立場、生まれた国の違いによって生じた心の壁が、完全に消え去るとまではいかないが、少しばかりなだらかになったその先で、気づけばトキとヘブンは惹かれあっている。繊細に積み上げられた恋の過程もまた美しく、興味深い限りであるが、何より注目すべきは、トキとヘブン、それぞれに思いを寄せる人物として登場した、小谷春夫(下川恭平)と江藤リヨ(北香那)ではないだろうか。史実はもちろん、毎話流れるオープニング映像でトキとヘブンの仲睦まじい姿が描かれる以上、この先トキとヘブンが結ばれることは視聴者周知の事実であるため、小谷とリヨは登場時点から敗れ去ることが確定している。それなら本作は、2人の「恋敵」を通して何を描こうとしているのか。
第50話において、トキは、小谷と “ランデブー”に向かう。かつて傳(堤真一)や夫・銀二郎(寛一郎)と行った怪談の名所・清光院だったためにテンションがあがり、気づけば小谷そっちのけではしゃいでしまった彼女は、結果的になぜか「振られた」形になり、納得がいかない。本作ならではの哀愁込みの笑いを誘うコミカルな場面であるが、同時にそれは、「今の時代から取り残された哀しさや切なさ」を何より愛するトキの本質を物語ってもいる。

なぜなら、トキが愛してやまないと語る「怪談」を「時間の無駄」と切って捨てる小谷の姿は、トキが東京に行った銀二郎を追いかけ、つかの間2人で暮らす夢を見る第4週の終盤にあたる第20話を思い起こさせるからだ。銀二郎が暮らす下宿の同居人たちの間で、錦織(吉沢亮)と庄田(濱正悟)の慰労会が行われる中、トキは出し物として「怪談」を披露しようとするも錦織たちに止められる。「怪談は正直古臭くて好かんのだ」「幽霊に神に魂、目には見えないものの時代はもう終わりだけんね」「日本は過去を振り返っている場合ではない。これからを、そして海の向こう、西洋を見ていかなくちゃならん」と彼らは言う。それに対しトキは憮然とした顔をする。その翌日、彼女は「牛乳ヒゲを見て愉快な家族の顔を思い出した」こともあり、松江の家族の元に帰ることを決め、銀二郎の元を去る。まるでそこに自分の求めている人生の道はないことを悟ったように。




















