『いつか、無重力の宙で』はなぜ視聴者の心を掴んだのか 人生の尊さが詰まった“青春”作に

夜ドラ『いつか、無重力の宙で』(NHK総合)が10月30日にいよいよ最終回をむかえる。本作は、高校時代に一緒に宇宙に行こうと夢を語り合った天文部の4人が大人になって再会し、小型人工衛星を開発するという物語だ。
広告代理店に勤める飛鳥(木竜麻生)は、会社の採用サイトのロールモデルに選ばれるほどの「シゴデキ」。上司と後輩に挟まれて、周囲が求めることに応えようと、ついつい受け持たなくていい仕事まで抱え込んでしまう。目の前の現実と向き合うことに精一杯で、自分が本当は何をしたいのか、どう生きたいのかがわからなくなっていた。

そんな飛鳥の前に、高校時代に突然姿を消した親友・ひかり(森田望智)が13年ぶりに姿を現す。ひかりとの再会によって飛鳥は、これまで蓋をしてきた「宇宙への夢」の箱が開いてしまう。
一方のひかりは、高校時代から一時もブレることなく宇宙一筋で生きてきた。大学で航空宇宙学を学びJAXAに就職したが、がんを患ったため仕事を辞め、宇宙への夢も断念せざるを得なくなった。ひかりは高校生のときにも最初のがんに侵されており、それが天文部の仲間たちの前から彼女が姿を消した理由だったのだ。
ひかりの事情を聞いた飛鳥は一念発起。元天文部の残る2人も呼んで、小型人工衛星を作って宇宙に打ち上げようと提案する。
飛鳥に呼ばれた元天文部員の周(片山友希)は、食品メーカーの営業としてキャリアを積んでいる。イタリアンレストランのシェフである彼氏の竜次(真丸)と充実した日々を送っていて、高校時代に追いかけていた宇宙のことなどすっかり忘れていた。
もう一人は、ひかりに負けず劣らず宇宙オタクだった晴子(伊藤万理華)。彼女は宇宙建築の仕事を志して大学で建築学を学んだが、在学中に交際相手との間に子どもを授かり結婚、その後離婚。現在は市役所の「まちづくり課」で働いている。シングルマザーの晴子にとって、「子育てと仕事」という目の前の現実にもうひとつ「人工衛星の開発」を加えることは、4人の中で最もハードルが高いことだった。

かくして、バラバラだった4人が13年ぶりに集まって、言い出しっぺの飛鳥をリーダーとする“大人天文部”「OSUMI BASE」が発進する。やがてこのプロジェクトは大学教授の和泉(鈴木杏)や、彼女の研究室に在籍する大学生たちをも巻き込んでいく。
本作の物語の骨組みは至ってシンプルだ。「主人公が仲間を次々と集めていき、大きなミッションに挑む」という、シナリオの分類でいえばいわゆる「桃太郎型ストーリー」と言える。
「大人になった主人公が『みんなの憧れの的』であった高校時代の親友と再会し、彼女ががんに侵されていると知る。主人公の働きかけで連絡が途絶えていたかつての仲間たちを再集結させる」というプロットは、韓国青春映画の王道『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)をも彷彿とさせる。
「宇宙」「人工衛星」というテーマこそ目新しいが、決して気を衒った作品ではない。それなのに、なぜこのドラマはこんなにも観る者の心を掴んで離さないのだろうか。

まず、本作の魅力として「会話のリアリティ」を外して語ることはできないだろう。脚本を手がけた武田雄樹は、デビュー作となる『高速を降りたら』(2024年/NHK総合)から会話劇の手腕を発揮している。義兄弟3人が、各々の妻である三姉妹の父の危篤の知らせを受けて東京から地方の病院へと向かう。ほとんどのシーンを車内もしくはパーキングエリアでの会話劇に割いていながら、かけ合いの面白さと「3人のキャラ立ち」により、観る者を飽きさせない作品だ。
武田脚本の「キャラの粒立ち」「会話劇」の妙はこの『いつか、無重力の宙へ』にも存分に引き継がれている。飛鳥・ひかり・周・晴子が人工衛星開発という夢に賭ける日々の中で繰り広げられる「生きた会話」。他愛ない、何てことないやりとりに、4人それぞれの来し方と生き様が現れている。仕事や世の中、そして自分のことも少しずつわかりはじめてきた30代。4人が「素」になれる場所、ファミレス「ロメット」でわちゃわちゃするシーンは、ずっと見ていたいほどの楽しさがある。

第21回、二次がんの再発を打ち明けるひかりを3人が抱きしめる。泣きだしてしまうひかりに晴子が差し出したのが、街角で配られたコンタクトレンズの販促用ポケットティッシュだった。ひかりが「ありがとう。ごめんね」と言う。これは単にティッシュへのお礼だけでなく、みんなの気持ちに対して、また心配をかけてしまうことに対しての言葉だ。そんなひかりに、晴子と周は言う。
晴子「大丈夫。しつこいぐらいもらえるから」
周「眼鏡やからな。ターゲティングされてんねんな」
晴子「意地でも買わんから」
こんなやりとりに痺れてしまう。何気ない会話の中に、生身の人間の息遣いが宿っている。



















