『べらぼう』横浜流星「おっかさん」に込められた感謝と愛 知る喜びがエンタメの醍醐味に

『べらぼう』「おっかさん」に込められた想い

 角度や明るさを変えるたび、雲母の粉がきらめく浮世絵の「雲母摺り(きらずり)」。背景が光を放つほどに、クローズアップされた人物が立体的に浮かび上がるという幻想的な感覚に、人々の目は釘付けとなる。

 NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第41回「歌麿筆美人大首絵」は、まさにその雲母摺りのような一編だった。蔦重(横浜流星)と母・つよ(高岡早紀)の再会、妻・てい(橋本愛)の決意、須原屋(里見浩太朗)の矜持、そして歌麿(染谷将太)の思い。はっきりとは語られてこなかった彼らの“背景”にスポットライトが当たることによって、それぞれの人としての輪郭が鮮やかに浮かび上がる回だった。

幼い日の蔦重を強くした親子の別れ、創造の原点となった孤独と想像力

 「わからないなら、とびきり明るく考える」。蔦重にとって、その楽天的な発想こそが創作の源泉だった。幼いころに両親と離れた寂しさを、彼は想像力で塗り替えてきた。

 もしかしたら自分は公方様の隠し子で、両親は仮の姿なのかもしれない。いやいや、桃太郎だったんじゃないか。そんな「べらぼう」とも言われかねない空想の物語で現実の苦しさをしのいできた。そうして辛い現実を笑いに変える強さがなければ、生きてこられなかったとも言える。

 だが、つよの口から語られた真実は、決して蔦重が“特別な生まれ”を物語るものではなかった。しかし、それは特別な主人公ではないけれど、たしかに“愛されていた自分”に書き換えられた愛しい話でもあった。想像で埋めていた背景が、現実として語られる。あのころは、そんな日がくるとも思っていなかったのだろう。

 長年呼ばれることのなかった幼名「柯理(からまる)」を、つよがそっと口にする。懐かしいその響きに、蔦重の心のなかの何かが溶けたのがわかった。そして、意を決して「おっかさん」と返す蔦重。「おっかさん」という言葉そのものは歌麿が発したものと同じ。だが、それぞれの“背景”が、その言葉が持つ温度や重みは決して同一のものにはしないのだと知る。

 そして旅立つ蔦重に向けてつよは力強く「頼んだよ、重三郎」と声をかける。いつになく素直になったふたり。そうなれたのは、どことなく永遠の別れの匂いが漂っていたから。長旅に出る蔦重は、つよの最期には立ち会えないかもしれない。だからこそ、照れている場合などではないと思ったのだろう。

 「ばばあ」なんて悪態をついてきたのも、もちろん愛情の裏返し。煙たがるような態度を取りながらも、実は頼りにしてきた母。 歌麿との亀裂をつなぎ止めてくれたのも、つよの存在だった。その伝えきれない感謝を「おっかさん」と呼ぶ一言に込めたのだと思うと、目の奥が熱くなる名シーンだった。

「知る」を手放すことへの恐れ、エンタメと学びを繋ぎ続ける本屋の矜持

 一方、てい(橋本愛)の言葉にもまた、積年の想いがこもっていた。蔦屋の新たな書物問屋としての第一歩を、女性たちが学びに励む時代の幕開けにしたい。ていのように知を求める女性は多く存在する。ただ、それが叶わなかった時代だっただけのこと。

 ならば、自らが読みたい、手にしたいと思う書を世に送り出そう。その信念には、女性たちの希望と、未来を切り拓こうとする熱量が宿っていた。 彼女の姿は、まさに"新しい時代"の息吹そのものだ。

 「書をもって世を耕す」。平賀源内(安田顕)が説いたこの言葉は、蔦重たちのみならず、須原屋(里見浩太朗)の胸にも刻まれていたものだった。須原屋は林子平の著書『海国兵談』を読み、「みんなが知っておいたほうがいいことが書いてあった」と感銘を受け、林とともに『三国通覧図説』を出版。それは、オロシャ(ロシア)をはじめとした諸外国からの圧力を見据えた内容だった。

 「知らねぇってことは、怖ぇことなんだよ。物事知らねぇとな、知ってるヤツにいいようにされちまうんだよ。本屋っていうのはな、正しい世の中のために、いいことを知らせてやるっていう務めがあるんだよ」その言葉は、現代の情報格差にも通じるもの。

 そして須原屋は、蔦重と同じく身上半減という刑罰を受けることに。長年、蔦重を穏やかな眼差しで見守ってきた須原屋にも、そんな危うい橋を渡るほどの“尖った部分”があったことに驚かされる。逆に言えば、それほどまでに「知る」ということそのものが、寛政の改革下で脅かされていたということだろう。

 まだまだ一緒に本屋としての使命を全うしようという蔦重に、須原屋は首を横に振る。須原屋もつよと同様、気づけば人生の終盤を迎えようとしていたのだ。つよと同じく「蔦重、頼むぜ」と託された須原屋の志。改めて、人の命はあっという間だということを『べらぼう』を観ていると痛感させられる。

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