『べらぼう』蔦重と松平定信の“勝利”はどこにあるのか? “悲劇”を生んだ両者の読み違い

『べらぼう』“悲劇”を生んだ読み違い

 江戸の「打ちこわし」を未然に防ごうという共通の思いから、田沼の願いを聞き入れ「読売」を摺るも不発。結果的に、田沼と一橋治済(生田斗真)の「暗闘」に巻き込まれるどころか、どさくさに紛れてその命を狙われた蔦重を庇って、新之助が命を落とすという悲劇もあった(第33回「打壊演太女功徳」)。いずれも、蔦重自身が絡まなければ、失われることのなかった命だったのかもしれない。そういう見方もできるだろう。そして、恋川春町の死である(無論、そんなつもりはなかったとしても、春町に「いっそまことに死んじまうってなぁねえですか?」と一案を講じたのは蔦重だった)。

 けれども今回、その「読み」を外したのは、蔦重だけではなかったようだ。先に述べたように、黄表紙の愛読者であり、その中でもとりわけ春町を贔屓にしていた定信にとっても、彼の死は痛恨の極みだった。なぜ、このようなことに……。その彼に、恋川春町こと倉橋格の主君である駿河小島藩主・松平信義(林家正蔵)越しに伝えられた蔦重の言葉――「戯ければ、腹を切らねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか」は、どう響いたのであろうか。その言葉は、定信の胸にも深く突き刺さったに違いない。

 しかし、それによって定信が、自らの「信念」を曲げるとは、どうにも思えないのだった。その「痛み」を人知れず心の奥底に抱えながら――否、そうであるがゆえに、より一層この「改革」を成功させねばならないと、彼は強く心に誓ったのではないか。そう、定信の立場とて、必ずしも盤石なものではないのだ。徳川御三家と一橋治済という年配の者たちの冷ややかな視線に晒されながら、彼は何よりも「結果」を出さなければならないのだ。

 それは今や、「耕書堂」という江戸随一の板元の主となった蔦重にとっても同じである。大店を維持してゆくためには、これからも「結果」を出し続けていかねばならないのだ。武家の戯作者たちが、主君の顔色を窺い動きにくくなるのならば、今度はしがらみのない商人の戯作者たちに奮起してもらおう。第37回のタイトル「地獄に京伝」が示すように、次に蔦重が打ち出すのは、山東京伝こと北尾政演(古川雄大)あたりだろうか。さらには、歌麿の美人画、そして写楽の役者絵など、これから蔦重は、さらなる勢いで次々と新たな一手を打ち出し、世の中の人々をあっと驚かせ、楽しませていくことになる。1750年に生まれ、今や40代に差し掛かろうとしている蔦重(恐ろしいことに、後世の人々から見ると、彼はすでに「晩年」と呼ばれる時期に入っている!)と、1759年に8代将軍・吉宗の孫として生を受けた、若き老中首座・定信の、それぞれの背中にのしかかるものの「重さ」ゆえ、互いに決して退くわけにはいかない「戦い」の火蓋が、今まさに切って落とされようとしている。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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