『あんぱん』は長い長い“始まりの物語” のぶと嵩が見つけた絶望と隣り合わせの希望

一方で、北村が演じた嵩は頼りないが、ずっとブレることのない確固たる意思があったように思う。歳を重ねていくごとに円熟味を増していくが、どこかあの頃の“たっすいが”な部分が見え隠れしているのは、絶妙な塩梅を見極める北村の芝居があってこそだろう。

最終週を観ていて思い出すのは、嵩の伯父である寛(竹野内豊)の言葉だった。第25話で、合否を確かめることができずに座り込む嵩を見て、試験に落ちたと勘違いした寛は「絶望の隣は希望や」と彼のことを慰める。実際、アンパンマンの誕生につながる着想の源は、ふたりが絶望の底に落ちた戦中に目の当たりにした、一筋の希望に他ならなかった。
お腹を空かせて困っている人がいたら、自らの顔から一切れ分のパンを差し出すアンパンマン。思えばそれは、第1話で幼い嵩が家族の似顔絵を見ながらお腹を空かせているときに、“ヤムおんちゃん”こと屋村草吉(阿部サダヲ)があんぱんを作ってあげる場面そのものだった。
実際、アンパンマンの施しは、誰にも成し遂げることのできない前人未到の所業ではない。お腹を空かせて困っている人に、食べ物を分け与えてあげること。たったそれだけのことだ。しかし、それはどんなに複雑な状況にも、立場や境遇のしがらみにも囚われない、唯一無二の思いやりに満ちた行動でもある。
しかし、嵩は飢えに苦しむ戦地の状況下で、“たったそれだけのこと”がどれほど困難で、尊ばれるものなのかを身をもって体験する。あのとき絶望の縁に立たされたからこそ、彼はそのありがたみを知り、決してどんな状況であろうと“逆転しない正義”を探し出すことを決意する。本作は、第1話から映し出されていた「絶望と隣り合わせの希望」を再確認するまでの長い長い道のりを、交錯するのぶと嵩の人生とともに描き出す挑戦でもあった。

戦争が終結して、のぶの後悔と嵩の葛藤が混ざり合い、やがてひとつになった信念はアンパンマンへと託される。近づいたり、離れたり、ときには道を違えてしまうこともあった。これまでのぶと嵩が心をすれ違わせる姿を何度も観ていたからこそ、ふたりの夢が実を結ぶことに、大きな喜びが心の内から湧き上がるのだろう。
絵本から始まった『あんぱんまん』が最終週に入り、ようやく私たちのよく知るアニメになって動き出した。朝ドラ『あんぱん』は終わりを迎えるが、アンパンマンはこれからもっと高く飛んでいく。フラフラになりながらも、一歩ずつ力強く踏みしめてきたのぶと嵩の助走が、国民的なヒーローとしてアンパンマンが飛躍する未来を信じさせてくれた。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK





















