『あんぱん』記憶に残り続ける男たち 中沢元紀、中島歩、阿部サダヲの軌跡

『あんぱん』記憶に残り続ける男たち

 ついに最終週を迎えたNHK連続テレビ小説『あんぱん』。『アンパンマン』がミュージカルとして世に放たれ、あらためて戦争の傷跡と“逆転しない正義”について、思いを馳せる展開が描かれている。つくづく、『あんぱん』は戦争を多面的に描いていく朝ドラだったと、はやくも振り返りたくなる。

 本稿では、戦争に翻弄される時代を生き抜いた印象的な男性キャラクターを取り上げたい。

柳井千尋(中沢元紀)

 嵩(北村匠海)の弟・千尋は、最も戦争に翻弄された人物といえるだろう。文武両道の好青年に成長した千尋は、弁護士を夢見て学問に励み、京都帝国大学法科に入学。しかし、戦争が千尋の夢を阻んだ。戦争の激化により繰り上げ卒業となった千尋は海軍予備学生を経て、海軍少尉となった。

 千尋は、もし戦争がなければ法学の道で活躍した人物だろう。心に秘めていた恋心を、のぶ(今田美桜)に伝えることもできたかもしれない。千尋の最後の登場シーンとなった嵩と千尋が向かい合う食事シーン。嵩に向かって、激しく思いを吐露する千尋の姿を見ていたとき、なぜこのような若者が自分の人生や希望を投げ打って戦地に行かなければならないのかと、無念の思いでいっぱいになったのを覚えている。

 愛する人のために生きたい、生きて帰ってきたら思いを告げると宣言する千尋の姿は、戦争に翻弄されながら、戦争にNOを突きつけているように感じられた。千尋は、時代に価値観を支配されながらも、魂までは渡さないという強い意思のある人物だった。

 千尋を演じた中沢は、ふとした瞬間の表情に嵩やのぶへの思いを滲ませるのが抜群にうまかった。前半は、千尋の機微を繊細に演じていたからこそ、終盤に発露された千尋の強い感情が際立っていたように思う。中沢にとって、初めての朝ドラとなった『あんぱん』。夏クールでは、『最後の鑑定人』(フジテレビ系)に出演し、10月からは連続ドラマW-30『ストロボ・エッジ』(WOWOW)に重要キャラクターとして出演予定だ。さらなる飛躍が期待できるだろう。

若松次郎(中島歩)

 次郎は、のぶがお見合いで出会う1一人目の夫として登場した人物。次郎と出会った頃ののぶは、“愛国の鑑”として軍国主義に染まりながらも、その価値観にわずかな疑問を持ち始めていた。のぶにとって次郎は、凝り固まった価値観を徐々にほぐしてくれた人物といえる。中島の穏やかな佇まいと優しく響く低めの声色は、視聴者にも安心感を与えてくれた。

 次郎は大型貨物船の一等機関士として働く傍ら、写真を趣味としていた人物だ。自分の目で世界を見たいという夢を持っていた。しかし、戦争の激化により、大型貨物船では武器を運ぶことになり、別の国への憧れを口にすることも難しくなってしまう。次郎も、理想の生き方を戦争に阻まれた人物だといえるだろう。

 もし、戦争がなかったら一等機関士として働き、のぶと世界を見て回ることもできただろう。軍国主義の考えが浸透している時代でなければ、のぶともっと親密な夫婦関係を築けたのかもしれない。次郎の人生にも一抹の切なさを感じてしまう。

 次郎が亡き後も、彼が手帳に残した「自分の目で見極め、自分の足で立ち、全力で走れ、絶望に追いつかれない速さで」は、どんなとき時ものぶに寄り添った。彼女の頑な考えに刺激を与え続けた次郎は、のぶの人生には欠かせない存在だった。

 夏秋クールでは、『愛の、がっこう。愛のがっこう』(フジテレビ系)の川原役で大きな注目を集めた中島。『あんぱん』の次郎役と並んで、大きな当たり役といえるだろう。似ても似つかない2役で注目を集めた中島が、次にどんな役柄を演じるのか楽しみだ。

屋村草吉(阿部サダヲ)

 屋村は第1週目から戦争を背負ったキャラクターだった。振り返れば、風来坊な生き方も、元気がないとき時にはあんぱんを差し出し食べ物から元気を与えようとする行動も、戦争を通して大きな権力に取り込まれた経験や戦地で飢えかけた経験があったからだ。

 いつも軽口や憎まれ口を叩きながらも、その態度は朝田三姉妹や嵩、豪(細田佳央太)に大きな影響を与えていた。彼らを励まし、支える場面もあり、朝田家や嵩、千尋などに愛情があったことがうかがえる。阿部サダヲのセリフ回しからは、屋村の憎めなさが滲み出ており、阿部にしかこなせない役だった。

 嵩が『アンパンマン』を生み出して以降、はじめて屋村と再会することとなった第25週。ふたりが互いの戦地での経験を振り返る展開を見て、屋村の存在は『あんぱん』の中に戦争と飢えという軸を作り出す存在だったのかとあらためて感じた。

 キャラクターとしては、飄々とした雰囲気で作品にユーモアを入れ込む一方で、バックボーンを踏まえると『あんぱん』のテーマを担う存在でもある屋村。屋村が『アンパンマン』のテーマに触れることは、この作品の一つのゴールだったのかもしれない。

 夏秋クールでは、『しあわせな結婚』で主演を務めた阿部。『しあわせな結婚』では、主人公として鈴木家に翻弄される一方で、面倒くささもある独特のキャラクターを憎めなさ全開で演じていた。今後もキーパーソンとして、どんな役柄を演じてくれるのか楽しみだ。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる