『チェンソーマン』が解体したジャンプ的価値観 『レゼ編』が描くロマンスと破壊の二重奏

岩井俊二的な“永遠の一瞬”と、大友克洋的な“破局の瞬間”

※以下、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のネタバレがあります
原作漫画では第5巻から第6巻に収録されている『レゼ篇』は、非常にエモーショナルなエピソードだ。デンジは電話ボックスで不思議な女性レゼと出会い、彼女がバイトをする喫茶店でお喋りをし、夜の学校に忍び込み、プールで泳ぐ。そして花火が夜空を彩る瞬間、2人は唇を重ねる。
まるで岩井俊二の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を思わせるような、繊細な光と水の描写。まるで『アオハライド』や『君の膵臓をたべたい』のように、青春ど真ん中な抒情性。この一瞬を永遠のものとして封じ込める映像美は、テレビ版の即物的な性の欲望とは対照的であり、観客に「もしデンジが普通の恋を知っていたら?」という幻影を提示する。

しかし、その甘美な夢は突如として破られる。レゼが本性を現した瞬間、物語は一気に大友克洋の『AKIRA』を彷彿とさせる大都市破壊のビジョンへと変貌。街全体が轟音とともに弾け、高層ビルが崩落し、赤と灼熱が画面を塗り潰す。この迫力とスペクタクル性は、近年のアニメーション映画のなかでもズバ抜けている。「レゼ篇」をテレビ版ではなく、劇場用映画として創り上げた意味がここにある。
おそらく、炸裂する爆発や閃光のひとつひとつは、抑えきれない感情の暴走そのもの。前半で積み重ねられた抒情は、後半で暴力的な破壊へと転化し、一つの感情へと繋がっていく。光のきらめきがそのまま爆裂の閃光に変質していくプロセスは、岩井俊二的な“永遠の一瞬”が、大友克洋的な“破局の瞬間”へとシームレスに接続される過程なのだ。
そしてラスト、海辺に横たわるデンジとレゼ(&サメの魔人ビーム)の姿が映し出される。そこに漂う静けさと儚さは、『エヴァンゲリオン 劇場版 シト新生』の余韻を思わせる。2人が交わすことのなかった想いが、ただ海の音とともに漂うその光景は、決して成就することのないロマンスの残滓であり、観客に取り返しのつかない喪失感を刻み込む。

アニメ版『チェンソーマン』が提示したのは「恋愛=欲望・支配・取引」という生々しい現実だった。それに対して劇場版『レゼ篇』が差し出すのは、「恋愛=幻影」としてのロマンス。抒情と破壊の交錯のなかで、作品は恋愛の純粋さを夢見させながらも、それが必ず虚無へと崩れ去ることを示している。
ロマンスと破壊の二重奏を描くスペクタクル巨編、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』。考えれば考えるほど、とんでもない作品だ。
■公開情報
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』
全国公開中
キャスト:戸谷菊之介(デンジ)、井澤詩織(ポチタ)、楠木ともり(マキマ)、坂田将吾(マキマ)、ファイルーズあい(パワー)、高橋花林(東山コベニ)、花江夏樹(ビーム)、内田夕夜(暴力の魔人)、内田真礼(天使の悪魔)、高橋英則(副隊長)、赤羽根健治(野茂)、乃村健次(謎の男)、喜多村英梨(台風の悪魔)、上田麗奈(レゼ)
原作:藤本タツキ『チェンソーマン』(集英社『少年ジャンプ+』連載)
監督:𠮷原達矢
脚本:瀬古浩司
キャラクターデザイン:杉山和隆
副監督:中園真登
サブキャラクターデザイン:山﨑爽太、駿
メインアニメーター:庄一
アクションディレクター:重次創太
悪魔デザイン:松浦力、押山清高
衣装デザイン:山本彩
美術監督:竹田悠介
色彩設計:中野尚美
カラースクリプト:りく
3DCG ディレクター:渡辺大貴、玉井真広
撮影監督:伊藤哲平
編集:吉武将人
音楽:牛尾憲輔
配給:東宝
制作:MAPPA
主題歌:米津玄師「IRIS OUT」(Sony Music Labels Inc.)
エンディングテーマ:米津玄師、宇多田ヒカル「JANE DOE」(Sony Music Labels Inc.)
©2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ/集英社
公式サイト:https://chainsawman.dog/
公式X(旧Twitter):@CHAINSAWMAN_PR





















