『8番出口』が描いた“差異と反復”の美学 単調な“ルーティーン”になぜ魅了されるのか?

『8番出口』が描いた“差異と反復”の美学

『シャイニング』のオマージュも

 『8番出口』はスタンリー・キューブリック監督の名作ホラー『シャイニング』(1980年)から大きな影響を受けているといえるだろう。たとえばエッシャー展のポスターや出口を指す頭上の看板から赤黒い血液がしたたりおちてくる場面や、通路の向こう側から泥水が氾濫してくるイメージは『シャイニング』の舞台であるオーバールックホテルで大量の血液が濁流となって向かってくる場面をあきらかにオマージュしている。また映画外での展開ではあるが、コラボレーションソングを歌うPiKiのビジュアルは『シャイニング』の双子を意識しているだろう。視覚的な表現においてキューブリックからの影響をつよく受けている『8番出口』であるが、脚本においてもこれら2作品には共通点が見出せる。

 『シャイニング』は、その雪の深さゆえに冬季は閉じられるオーバールック・ホテルの閉鎖時の管理人を任されたジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)が、妻と息子を連れてホテルにやってくるところから物語がはじまる。いわくつきのホテルで隔絶された暮らしを送る3人だったが、超能力をもつ息子ダニーと、仕事に追い詰められたジャックはだんだんと様子がおかしくなってゆく。シンメトリーな構図や不気味な音楽、あるいは前述したリミナルスペースの美学も相まって、ひとときたりとも目の離せない傑作ホラーとなっている。

 ジャックはアルコール依存症であり、職業も小説家志望という安定しない状況に置かれている。酔っぱらって息子を傷つけた経験もあり、それは彼にとって深い傷となっているようだ。『8番出口』の迷う男も喘息症状を抱えながらも派遣労働をこなしており、その風貌は経済的に豊かであるようには見えない。また映画中盤から出てくる少年(浅沼成)は彼の息子の未来の姿であることが示唆され、「お父さんはいない」と言う少年の台詞からは迷う男がパートナーと子どもを捨てたことが読みとれる。ジャックと迷う男はふたりとも自身の父性に自信がないのだ。父親としてしてはならないことをした言い訳を続けるジャックと、父親になる自信がなく逃げだした迷う男——。彼らはきっと、男たるもの妻と子どもを養い、弱音を吐かない強い存在であらねばならないという規範にがんじがらめにされてしまったのだろう。ジャックのアルコール依存と迷う男の逃亡は、男性性や父性の規範と彼らの現実との隔たりにその端緒を発する。オーバールックホテルと8番出口は、彼らの抱える男性性の問題を浮き彫りにする舞台としても作用している。

 『8番出口』を見た帰り道、改札にSuicaをかざしながら、この先が異世界につながっているかもしれないと空想した。きっと地下通路を通るたび、出口の看板を見るたび、この映画のことを思いだすのだろう。そして迷う男が最後に取った選択について、想いを馳せつづけるのだろう。

■公開情報
『8番出口』
全国公開中
出演:二宮和也、河内大和、浅沼成、花瀬琴音、小松菜奈
原作:KOTAKE CREATE『8番出口』
監督:川村元気
脚本:平瀬謙太朗、川村元気
音楽:Yasutaka Nakata(CAPSULE)、網守将平
配給:東宝
©2025 映画「8番出口」製作委員会
公式サイト:exit8-movie.toho.co.jp
公式X(旧Twitter):@exit8_movie
公式Instagram:@exit8_movie
公式TikTok:@exit8_movie

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