『隣のステラ』は幼なじみラブコメの傑作 福本莉子×八木勇征の繊細な“距離感”を映像で演出

『隣のステラ』福本莉子×八木勇征の距離感

 芸能人になった幼なじみとの「近くて遠い」恋愛模様を描く『隣のステラ』が、連日の茹だるような暑さを吹き飛ばすキラメキを放ちながら公開された。高校生の千明(福本莉子)は隣に住む幼なじみ・昴(八木勇征)に想いを寄せていた。しかし昴はモデル・俳優として活躍するようになり、彼女たちのあいだにできた“一般人と芸能人”という壁ゆえに千明はみずからの恋心を隠すようになる。昴のドラマオーディション合格を受けて千明は自分自身の人生をアップグレードしようとアルバイトを始めたり、昴の台本読みの手伝いや撮影の見学をしたりもするが、ある日勢いあまって昴に告白してしまう。「ただの幼なじみとしてしか見られない」とフラれた千明は彼へのきもちをすっぱり諦めようとするが——。

 八木勇征演じる芸能人との恋愛模様というと『美しい彼』(MBS)が思いだされる。『劇場版 美しい彼〜eternal〜』で八木は、“芸能人とファン”である以前に“恋人”であるという認識を彼氏と共有できず思い悩む奏を好演した。多種多様な好意を不特定多数から向けられながらも、たったひとりの大切なひとからの愛情に悩む『美しい彼』での演技経験は、本作でも存分に活かされているといえるだろう。

 また本作を監督した松本花奈は、実写版『ホリミヤ』やドラマ『君となら恋をしてみても』(MBS/以下、『なら恋』)などを通じて高校生の恋愛を幾度か描いてきた作家である。これらの作品、そして『隣のステラ』に共通して印象的なのは、伝えるつもりのなかった好意を勢い余ってうちあけてしまう場面である。たとえば『ホリミヤ』では大きさを比べるために手を重ね合わせたとき、『なら恋』では片想いの相手が自身の過去を語って感謝を伝えてくれたとき、彼らの感情はあふれ、告白がなされる。松本は彼らの思いもかけない告白——それは“恋”そのものの発露といってもいいのかもしれない——をフレームに収めるのが並外れて巧い。彼らが告白せざるをえなかった衝動が、映像という言語によって、あるいは俳優の身体と表情を通じて饒舌に語られる。『隣のステラ』でも千明からあふれた“恋”のパワーがスクリーン中に発散されるのを観ることができる。

“近くて遠い”千明と昴

 『隣のステラ』は、大人になっても一緒に星を見ようという幼少期の約束から物語がはじまる。暗闇にまたたく星々を眺める幼いふたりを後ろから捉えたショットには、『なら恋』最終話を想起させられた。『なら恋』の片想い中の主人公は意中の相手から「来年も一緒に(花火を)見たいな」と言われ、「来年も俺、片想いなの?」と口走ってしまう。これらふたつの松本監督作品の人物たちは、空を見つめながら肩を並べて未来を思いえがき、約束を交わす。「来年も」「大人になっても」という将来を見すえた約束は、彼らの関係性が変わっていないことをひとまずの前提にしている。変わらず“友達”でいて「星を見よう」「花火を見よう」と交わされる約束は、恋心を抱く側にとっては残酷なものでしかない。あるいはそれは“友達”の関係が解消されたあと、もはや果たされることのなくなった約束の切ない未来を想像させるものでもあるかもしれない。『隣のステラ』冒頭の星の場面ではそういう痛みとともに、『なら恋』での花火と結ばれた彼らがキスをする後ろ姿とを思いだした。どうか千明と昴も『なら恋』の彼らのように想いをまっすぐつなぎ合わせられますように、そう願いながらスクリーンを見つめるうちに『隣のステラ』は幕を上げた。

 千明と昴の関係は「近くて遠い」。幼なじみであるふたりは隣の家に住んでいて、それぞれの自室は向かい合っている。窓をあければ大声を出さなくとも会話ができ、話がしたいときには懐中電灯でたがいの部屋を照らすことで呼びだしていた。また朝になれば昴の目覚まし時計の音は千明の部屋にまで届く。「光と音」が行き来する彼らふたりの物理的な距離は、決定的な近さのもとに存在していた。しかし精神的な距離はといえばそう近いものではなかった。劇中『銀河鉄道の夜』を引用し、隣り合った星々は近くにあるように見えて実際は途方もない距離によって隔てられていることが語られるが、千明と昴もまたこの隣り合った星=隣のステラのように遠く離れてゆく。

 昴が芸能界をめざすきっかけとなった千明は、彼を一番近くで応援すると言ったが、現実にはそううまくはいかなかった。大きな感情が渦巻く複雑な世界——芸能界で生きる以上、近くにいれば危険に巻きこんだり傷つけてしまうリスクがある。千明を守りたかった昴は彼女を拒絶し、もう朝起こしに来る必要はないとはねのけた。

 その後の彼らはといえば、千明はカーテンを閉じ昴から向けられる「光」を遮断し、昴は千明のアルバイト先に立ち寄っても、先輩と仲睦まじげな彼女を見てはそっとヘッドホンを装着し足早に立ち去る。ふたりは互いに「光と音」とをシャットアウトし、ゆるやかに関係を断絶する。物理的には近くに生きているはずの彼らのつながりはいともたやすくとぎれ、透明なしかし強固な壁に隔てられてしまった。まばゆいライトで照らし合うことも、起きてもらうために声をかけつづけることもなくなり、隣の家で眠る近いはずのふたりからは強烈な距離感だけが立ち現れるようになる。

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