ついに公開! 『不思議の国でアリスと』は忘れていた“好き”と自分を思い出させてくれる

人によって違う、「不思議の国」での体験

そもそもゲーム性といえば、本作の「不思議の国」のシステムが面白い。VRゴーグルのようなガジェットをつけると、見ている現実が不思議の国に変わるというもの。そのアトラクション性と、幻想的なのに現実的な設定なのが興味深いのだ。そして「不思議の国」に入り込むと、そこでアリスがプレイヤーを待っている。最も面白い設定が、この「不思議の国」の体験が“人によって変わる”、ということ。途中でガジェットを取り外して現実に戻ることもできるが、そうするとさっきまでいた世界には二度と戻れない。再びスタートからやり直すことになる。そういったルールが、りせの心情描写にうまく絡んでいくのだ。

りせは心優しく、真面目で几帳面だが自分の意見に自信が持てず、周りの「これ良いよ」という意見に左右されたり、強い意志を持てずにいたりする不器用な女性だ。一方、そんな彼女と“あたりまえのない”不思議の国で旅を共にするアリスは、天真爛漫で好奇心旺盛。予想外なことが起きても、怖がったり心配したりするりせを他所に、それ自体を楽しむような性格の持ち主である。最初から自分の好き嫌いなどの感覚をはっきり持っているアリスにとって不思議の国は楽しい世界だが、自分を持たないりせにとってはそうでない。もともと原作でも不思議の国で起こる出来事は理屈も通っていなく、不条理なのである。それが、りせがこれから出ていかなければいけない社会と重なる本作は、いつまでも学生のままでいられない、社会人として、“大人”にならなければいけない彼女の試練の物語なのだ。アトラクションを楽しみにきたのに、そんな辛い自分の課題に向き合わなければいけないなんてあんまりだ、と思うかもしれない。しかし、途中でガジェットを外さずに、物語の最後まで挑戦しようとする彼女の成長譚は、なんでもすぐ諦めがつきやすい今の私たちの目に新鮮で、輝いて映る。
忘れていた“好き”と“自分”を思い出す

不思議の国に登場するキャラクターと、彼らがそれぞれ担うメタファーもわかりやすく現代化されている。印象的だったのは青虫で、原作では哲学的で少し傲慢な性格だった彼が本作では不思議の国の“インフルエンサー”として「いいね」の数に振り回され、承認欲求に翻弄される存在として登場する。“青虫界隈”なる言葉も出てきて、やはり本作が非常に“いまっぽい”選択をあえてしていることが強調されるのだ。それ自体はわかりやすいけど、それが現実世界でりせの内面のどんなところに影響を与えているのか、考える余地を観客に持たせるのが良い。

そして青虫は蝶になる。しかし、青虫界隈では青虫でいることの方が美徳とされていて、美しい羽を持っていても彼は気に入っていない。そんな場面からりせは「自分自身を好きになる感覚」について向き合い、物語を通して最終的には「好きって何か」「自分が好きなものは、好きだったものはなんなのか」自問していくのだ。周りに比べて“自分があまりない”と自信を持たなかった彼女が「自分の意志を持つようになる」というより、自分が好きだったものを思い出して「そうだ、私はこれが好きな人間だった」と忘れていた自分を思い出す工程が、何より大人に響く。何かを好きと感じること、それ自体に宿る意思が、彼女自身の人格形成に繋がっていく。それは、がむしゃらに周りに流されない強い精神を築く、みたいな成長よりも、よほど根本的で、誰もがふと我が身を振り返りたくなるような普遍性を持っている。
“好き”は“自分”である。そんなテーマだからこそ、本作は“好き”の気持ちに実直でそれをまだ手放していない子ども以上に、“自分”を忘れてしまったかもしれない大人の胸に響くものがあるのではないだろうか。
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『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』
8月29日(金)全国公開
キャスト:原菜乃華、マイカ・ピュ、山本耕史、八嶋智人、小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、山口勝平、森川智之、山本高広、木村昴、村瀬歩、小野友樹、花江夏樹、松岡茉優、間宮祥太朗、戸田恵子
原作:『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)
監督:篠原俊哉
脚本:柿原優子
主題歌:SEKAI NO OWARI 「図鑑」(ユニバーサル ミュージック)
アニメーション制作:P.A.WORKS
配給:松竹
製作幹事:松竹、TBSテレビ
©「不思議の国でアリスと」製作委員会
公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/alice-movie/
公式X(旧Twitter):@alice_movie2025























