映画ライターSYOが深掘り! 『不思議の国でアリスと』篠原俊哉監督×柿原優子SP対談

『不思議の国でアリスと』監督×脚本家が対談

 ルイス・キャロルの名作小説『不思議の国のアリス』を、日本で初めて劇場アニメーション化した『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』が8月29日に劇場公開を迎える。

 周囲の空気を読み、失敗しないように気を付けているのに就活がうまくいかない大学生・安曇野りせ。亡き祖母が遺した招待状に招かれてワンダーランドに足を踏み入れた彼女は、そこで出会った少女・アリスと冒険に出る。『スキップとローファー』や『さよならの朝に約束の花をかざろう』『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』のスタジオP.A.WORKSがアニメーション制作を担当し、『色づく世界の明日から』『白い砂のアクアトープ』の篠原俊哉が監督を務め、『薬屋のひとりごと』『アオのハコ』の柿原優子が脚本を手がけた。

『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』公開記念 P.A.WORKS代表に聞く、創作哲学

劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』が8月29日に公開される。  ルイス・キャロルが生…

 リアルサウンド映画部では、P.A.WORKSの堀川憲司代表のインタビューに続き、篠原監督と柿原監督、さらに劇場版『名探偵コナン』シリーズや劇場版『チェンソーマン レゼ篇』、『ひゃくえむ。』、『劇場版 モノノ怪』のオフィシャルライター/パンフレット執筆を手がける映画ライターSYOの鼎談をお届けする。

無限の可能性に迷走……“就活生”を主役にした理由

SYO:『不思議の国のアリス』を日本で初めてアニメーション映画化したと聞いて、驚きました。おふたりにはどのような形でオファーが来たのでしょう?

篠原俊哉(以下、篠原):元々、松竹さんからP.A.WORKSの堀川憲司さんのもとに「『不思議の国のアリス』をベースにしたアニメーション映画を作りたい」という企画が持ち込まれていたそうで、堀川さんからご連絡をいただきました。最初のオーダーは「現代の若い女性を主人公にして、社会に出たときにぶつかる試練を乗り越えて最終的には“明日も頑張ろう”と思えるものを作りたい」というものでした。それを受けて、ここ何年かご一緒することが多く、掘り下げた話をしやすい柿原さんに脚本をお願いしました。最初は主人公のりせがワンダーランドを冒険するという骨格でアリスが不在だったのですが、柿原さんのご指摘を受けて今の形になっていきました。

柿原優子(以下、柿原):当初は、りせがアリスの代わりのようなポジションでしたよね。ただ、当時開催されていた『特別展アリス― へんてこりん、へんてこりんな世界 ―』などに足を運んだ際、アリスを好きな子たちはそのファッションやビジュアルへの愛着も強いと感じ、皆が理想とするアリス像を体現したキャラクターが出てこないのは気になっていました。

篠原:『不思議の国のアリス』は他のキャラクターが濃く立っているためそっちに目がいきがちだけど、言われてみると確かにアリスがいないのは寂しいということで、りせとアリスが一緒に冒険する形式が出来上がりました。

SYO:なるほど、大枠もまだ固まっていない段階から柿原さんは参加されていたのですね。

柿原:そうですね。楽しそうな反面、どう料理するか無限に可能性がある感じで、ワクワクしつつもちょっと困ったなという気持ちもありました(笑)。

篠原:なんなら最初、僕はおばあちゃんの葬式シーンから始めようとしていましたからね(笑)。みんな全力で「やめてください」という顔をしていましたが、それくらい自由度は高かったです。でも自由すぎて、途中路頭に迷ってしまったんです(笑)。

柿原:私も一緒に迷いました(笑)。普通の作り方とは違っていましたね。

篠原:TVシリーズと映画という違いはありますが、これまで柿原さんとご一緒した作品の中で一番脚本パートの改稿を重ねたように思います。

SYO:作品を拝見した際、就活中の主人公がMR(複合現実)アトラクションのテスターとしてワンダーランドに入っていく設定が斬新でしたが、そこに至るまでも紆余曲折あったのでしょうか?

篠原:いえ、MRのアイデアは割と早い時期に考えていました。最初はいわゆるファンタジー的な、日常のどこかに裂け目があってそこからワンダーランドに入る案も検討はしたのですが、使い古されていますし新味を持ち込む自信がなかなかなくて。ちょうどシナリオの打ち合わせを重ねている時期に、AIがものすごいスピードで進化を始めたこともあって、もしかしたら近い将来実現できるのでは?と現実味を帯び始めたことも後押しになりました。

SYO:ChatGPTの公開が2022年11月、2023年は「生成AI元年」と呼ばれていますね。

柿原:打ち合わせでもよくChatGPTの話題が出ましたね。

SYO:りせがなぜワンダーランドの冒険を続けるのかの理由が「スマホがMR上でりんごに変換されて持ち去られたから」というのも入りやすかったです。確かに、いまや生活必需品を超えた存在であるスマホがなくなったら取り返しに行くだろうなと。

篠原:あの設定が生まれたのはかなりあとになってからでした。りんごってとても童話的なツールですし、りんごを抱えて眠っているアリスの姿もどこかで使えるんじゃないかと考えた上でのことです。りせは最終的に就活生という人物設定になりましたが、実際に就活を経験した方々の聞き取り調査もやりましたよね。

柿原:そうですね。「悩んでいる女の子がワンダーランドの冒険を経て元気になって帰っていく」という骨子があったうえで、何に悩ませるかを決めようと女性がつまずきがちな問題の洗い出しを行いました。大体2分されており、一つが「働いてからの悩み」、もう一つが「自分とは何か」という就活のときに問われて学生が直面する悩みでした。後者に決まってからは実際の就活生の方々の声も参考にしながら「就活生であるりせは何に悩み、どういうことにつまずき、なぜ生きづらいと感じているのか」という掘り起こしをやっていきました。と同時に、ワンダーランドという素敵な世界を構築しなければなりませんし、説教臭くしたくもない。ワンダーランドの人たちに都合のいいことをさせられないなか、何が必要かを裏側で考えつつ、表では何が起きるかを行ったり来たりしながら考えていく日々でした。

篠原:きっちりと定まらないうちに時間だけがどんどん過ぎていき、柿原さんが「1回書いてみます」と言って下さって動き出したのですが、あっちを立たせばこっちが立たずな状態がしばらく続きました。柿原さんには申し訳なかったです。

柿原:いえいえ! 主人公や物語の都合でワンダーランドの住人たちを動かせられないのが大変でしたよね。本当に一つひとつが手探りで、例えば「(『不思議の国のアリス』で有名な)裁判シーンはあるだろう」から逆算して「何を問い詰められ、何を証明し、何を獲得するなり変化して出ていくのか」を書きながら探していく形でした。

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