菅野美穂が狂気的な行動原理を見事に怪演 『近畿地方のある場所について』で生み出す恐怖

菅野美穂が『近畿地方』で生み出す恐怖

※本記事には本編にかかわるネタバレを含みます

 2023年、『近畿地方のある場所について』(以後、『近畿地方』)という小説が発売された。もともと小説投稿サイト「カクヨム」で大きく話題になっていたこともあり、大型書店に立ち寄ると、いつも目立つところに平積みで積まれていた。どこかのダムの写真に、なぜか真っ赤な空。シンプルな表紙からは瘴気のようなものが感じられ、触ると祟られるような気がして、その一角は避けて歩いていたのを覚えている。「ある場所」がどこなのかは名言されないが、表紙のダムは以前ドライブで訪れたあるダムに似ているような気もした。「ある場所」とは結構近所なのではと思い、それだけで近畿地方在住の筆者は、戦々恐々としていた。著者名が「背筋」なのも怖かった。

 あるとき、「このままではいけない」と謎の負けじ魂が発動し、できるだけ表紙を見ないようにして購入した。絶対にブックカバーを外さずに一気に読み、そして、激しく後悔した。最終章で、語り部が読者に語る。

皆さんはあまりにも強く縁を結んでしまった。
もう、おしまいです。

 もうおしまいだそうだ。まんまと呪われてしまった。激しく絶望したが、同時に、この呪われることへのある種の諦念には既視感を覚えた。同じく怖いもの見たさで観て激しく後悔した映画『ノロイ』(2005年)である。白石晃士監督の伝説のフェイクドキュメンタリー作品だ。今作で呪いに巻き込まれた少女(菅野莉央)が、「多分ね、もう全部ダメなんだよ」と語るシーンがある。そのシーンの彼女は、怯えるでもなく、強がるでもなく、ただ子供っぽい無邪気さで恐ろしいことを語る。徹頭徹尾不穏であり、鑑賞後の絶望感も凄まじい作品だ。だが、どれほどショッキングなシーンよりも、この少女の呟きが頭から離れない。

 実は背筋はこの『ノロイ』に大きな影響を受け、白石監督のフェイクドキュメンタリーという手法を小説に置き換えて『近畿地方』を書いたと公言している。既視感を得て当然である。そしてこのたび『近畿地方』を白石監督が映画化した。この映画版においても、呪われてしまったある人物が、「もう全部ダメなんだよ」と語る。因果は巡る。

 オカルト雑誌の編集長・佐山(夙川アトム)の失踪からこの物語は始まる。一切の引き継ぎもないまま彼の記事を引き継いだ編集部員の小沢(赤楚衛二)とライターの千紘(菅野美穂)は、彼が調べていたことはすべて「近畿地方のある場所」につながっていくことに気づく……。

 結論から言うと、本作は素晴らしく怖くて面白いホラー映画だった。それもこれも、菅野美穂の力によるところが大きい。1990年代の一時期、彼女は確かにホラークイーンだった。『エコエコアザラク-WIZARD OF DARKNESS-』(1995年)、『富江』(1999年)、『催眠』(1999年)と、彼女が演じる“美しい怪異”は、その恐ろしさに反比例して、妖しく魅力的だった。菅野美穂になら、呪われてもいいと思っていた。約25年ぶりにホラーに帰ってきた彼女は、今度は怪異に立ち向かう側である。では怪異に怯え逃げまどう側なのかというと、とんでもない。彼女はパワーアップして帰ってきた。

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