菅野美穂が狂気的な行動原理を見事に怪演 『近畿地方のある場所について』で生み出す恐怖

憑依されて暴れ出した小沢を、ビンタ一発で正気に戻す。高名な住職ですら、除霊途中で嘔吐し、「私には祓えない」と降参させた怪異をである(住職はその後、謎の自殺)。極めつけは、運転中に目の前に現れた怨霊を「邪魔するなああああああ!!!」とフルスロットルで跳ね飛ばす。誰も解決できない怪異を“物理”による力業で解決してしまう。原作の不穏さをうまく映像化していたのに、一気にいつもの“白石節”になっていく。原作ファンには賛否両論あるだろう。だが原作者の背筋自身が、「脚本協力」という形で本作に関わっている。言わばこの展開は、原作者公認である。ともあれ、相棒の小沢が若干頼りないため、彼女の男前ぶりが際立つ。『来る』(2018年)の比嘉琴子(松たか子)と対決してほしい。

ちなみに原作の千紘は、こんなにアグレッシブな女性ではない。どちらかと言うと、怪異の被害者である。ただ、原作の単行本版では彼女は「背筋」という作者と同じペンネームを名乗っており、本名は名乗らない。大きく加筆修正された文庫版では、瀬野千「尋」という一文字違いの名前である。単行本版と文庫版では彼女の設定も大きく変わっている。従って、映画版の瀬野千紘は、3人目の「ちひろ」と言える。はっきり言って別人である。
だが、この3人の「ちひろ」には、共通点がある。3人とも、「子供を亡くした母」なのである。単行本版は事故で。文庫版は流産で。映画版は殺人で。だが、原作の2人と映画版の千紘には、大きな違いがある。映画版の千紘の行動原理は、すべて「子供を生き返らせるためにある」ということだ。

だからこそ、映画版の彼女だけがこんなにアグレッシブなのである。子を想う母の愛の強さに基づいて行動しているので、当然だ。だが、ただで子供が生き返るわけではない。それには「贄」が必要だ。そのことがわかると、前半での彼女の何気ない行動のすべてが恐ろしくなる。公式パンフレットによると、監督の中には、「前半の千紘の意図に関しては2回目に観た人が気づくぐらいのさじ加減で大丈夫」という演出プランがあったようだ。確かに初見では、前半の千紘はただの世話焼きお姉さんに見える。だがすべてがわかってしまった今、2回目を観るのは心底恐ろしい。先ほど、彼女のことを「怪異に立ち向かう側」と書いたが、間違っていた。「半分怪異側」である。
ちなみにその贄となる俳優は、スケジュールの都合で撮影前のお祓いに参加できなかったため、個人でお祓いを受けた。その最中、神主が激しく咳き込み、お祓いを中断する事態になったという(公式パンフレットより)。霊能力者が除霊の最中に咳き込みだし、しまいには嘔吐して、「私には手に負えない」となるシーンは、白石作品の定番である。前述したように、本作にもある。この俳優はリアルでこの体験をしてしまった(嘔吐まではしていないが)。撮影前の時点で、すでに呪われている。どうあがいても、贄となる運命からは逃れられなかったようだ。
■公開情報
『近畿地方のある場所について』
全国公開中
出演:菅野美穂、赤楚衛二
監督:白石晃士
脚本:大石哲也、白石晃士
脚本協力:背筋
原作:『近畿地方のある場所について』(著者・背筋/KADOKAWA)
音楽:ゲイリー芦屋、重盛康平
主題歌:椎名林檎「白日のもと」(EMI Records/UNIVERSAL MUSIC)
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
公式サイト:http://kinki-movie.jp/
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